第2回(11/23) 井森家は横浜駅から横須賀線でひと駅、保土ヶ谷から歩いて10分、だらだら坂の途中にあった。裏が山で、夏はせみの声で騒がしく蚊が大量発生していた。子供時代の私の夏は、蚊に食われた皮膚をひっかいたので、かさぶただらけの汚ない手足だった。 井森家の端っこには裏山から湧き出る清水を... 続きをみる
小説、その2「井森家の記憶」の新着ブログ記事
-
-
井森家の記憶 森 あるか 第1回(11/20) はじめに 2019年、姉(享年76歳)と兄(享年72歳)が相次いで病死した。 父は2001年に84歳で、母は2007年に88歳で逝っている。ふた親は長生きの方だったが、70代で死去した姉と兄は少しばかり早く死を迎えてしまった、と、残念に思う。... 続きをみる
-
第62回最終回(7/9) エピローグ(その3)春子 春子が自宅に戻ると夫の昭夫が相も変わらず苦虫を噛み潰したような顔で、家のど真ん中、リビングの長椅子に深々と腰かけて、目をテレビに向けていた。 「ただいま」と声をかけると、視線の先はテレビ画面のまま、「帰ったのか」と、心ここにあらずの声で返事を... 続きをみる
-
第61回(7/6) エピローグ(その2)真央 自宅マンションに戻った真央は古希三人娘のやりとりを思い返してにやにやしていた。 コロナ渦になってから某スポーツクラブで集団感染が発生したため、スポーツクラブに足を向ける気にならず、世界中がコロナ渦となっている今、生きがいだった海外旅行にはいつ行か... 続きをみる
-
第60回(7/3) エピローグ(その1)富由美 自宅に戻った富由美は久しぶりに古希の三人娘で会った余韻に浸っていた。 「お母さん、今日はとっても楽しかった。お母さんが亡くなってから、家であたしただひとり、いつも胸には寂しさが渦巻いてるけど、それはあたしが勝手に未婚の人生を選んだんだから、しかた... 続きをみる
-
第59回(7/1) 「で、話はまた変わるけど、伊吹さんとあたし、十年後にひとつ屋根の下で暮らす約束をしたのよ」 「えっ! 十年後って! 八十歳になっちゃうじゃないの!?」 「その時、ふたりの男と女はこの世に存在してるのか、それが問題だわ」 富由美の唐突の打ち明け話に真央に続いて、春子もあきれた顔... 続きをみる
-
第58回(6/29) 「明枝が亡くなってちょうど一年」 真央が感慨深げに言った。 「明枝と真央と春子とあたし、四人、あちこちで遊んだ、実に楽しい時間を過ごさせてもらった」 富由美が遠くに浮かぶ白い雲に目をやりながら、言った。 「その四人が三人になってしまったけど、あたしたち三人、いつまでも達者... 続きをみる
-
第57回(6/26) 帰宅した春子が夕ご飯の支度を済ませた時、電話が鳴った。出ると、富由美であった。 富由美には、「今日、真央と夢が丘で会う」と、メールをしておいた。 「今、大丈夫?」 「大丈夫よ、ダンナ、先に夕ご飯食べさせたから」 春子の夫、七十六歳の昭夫の現在の仕事はといえば、午前と午後... 続きをみる
-
第56回(6/24) 「あぁー、さっぱりする!」 ファミリーレストラン、ガスタをあとにしたふたりは周囲ににひとがいなかったので、マスクを外した。 コロナ渦では感染させない、感染しない予防のためにマスクをつけなければならないのだが、暑い時期のマスクは蒸れて、身体中でマスク装着部分が一番汗をかく。... 続きをみる
-
第55回(6/22) 「春子と会えて話しができてほんとによかった。やっぱ、ひとって生身の人間と会うことが大事よね。自粛でスティホーム以前のあたしは、毎日あちこち飛びまわってた。話し相手にこと欠かなかった、寂しさを感じる間がなかった。自分の身に何かあれば、知り合いの誰かに連絡すればすぐさま駆けつけて... 続きをみる
-
-
第54回(6/18) 「ところで話はがらりと変わるけど、悠太君、どうしてる?」 悠太は真央のひとり息子で、四十五歳、結婚して孫がいる。 「おかげさまで、コロナのおかげで、互いに連絡しても会うことはできないし、だもんで、知らぬが仏、で、悠太一家については、今のところ、何の悩みもないわ」 「そぉー、... 続きをみる
-
第53回(6/16) 注文した料理が運ばれてきた。 ひとに食事を作ってもらい、ひとに食事を運んでもらうことはなんと贅沢なのだろう。 自宅にいる限りの春子は、自分で料理を作って、作ったものは自分で食卓に運んでいる。 外食で気の合う者とのおしゃべりは、春子にとって至福の時間なのだが、コロナ禍と... 続きをみる
-
第52回(6/14) アクリル板とフェイスシールドとマスクで春子と仕切られた真央がぽつぽつと口をきき始めた。 今日の真央は小声で静かな口調で話す。 コロナ禍の今、ひとと話す際は、飛沫を飛ばさないように小声で静かに、が、国の定めである。 「緊急事態宣言以来、ひとり暮らしの身では、誰とも会えず、... 続きをみる
-
第51回(6/12) 高齢者となった春子は、もし我が身に何かあった時は、娘たちが何とかしてくれるだろう、と、胸の奥深くにひそかなスケベ根性を持っていたのだが、コロナ禍以後は、このご時世、若い者たちは我が暮らしを守ることで精いっぱいで、親などみる余裕はない、と思うようになっており、けして子供たちを... 続きをみる
-
第50回(6/10) 今年は六月だというのに、早くも真夏の暑さになった。テレビではしきりに、「熱中症に気をつけるように」と、報道している。 コロナ禍の今、外出にはマスクをつけなければいけないのだが、暑くなってからの春子はマスクをつけていると酸欠になったように、頭が朦朧としてくる。 ただし、二... 続きをみる
-
第49回(6/8) 「富由美はいいわね、古希になっても生き甲斐があって」 「うぅーん、そぉーねぇー、そこにあたしがいなければ、という我が居場所があると、人間、全身から生きる意欲がわいてくるから不思議ね。そぉーいう春子だって、近くに娘さんとお孫さんがいて、あたしがいなければ、じゃないの?」 「その通... 続きをみる
-
第47回(6/6) 「その後、元気してる?」 春子は久しぶりに富由美に電話をした。 「何とか、生きてるわよ」 電話の声の富由美は明るかった。 「仕事は、その後、どぉーしてるの?」 「相も変わらず、老人ホームで週に二日、働いてる」 富由美は春子と同じ年、古希だが、十歳は若く見えるし、頭の体もそ... 続きをみる
-
第46回(2/19) 同じ物を食べている昭夫はというと、若い頃から太らない体質で、春子の一・五倍は食べているのだが、いくら食べても肥えず、ちょっとでも食べる量が少ないと体重が減ってしまう。 それにしても現役時代の昭夫は平日は飲んで帰宅、休日は朝早くからひとりで釣り、と、家庭を顧みることはなかっ... 続きをみる
-
第45回(2/17) 富由美と別れて自宅に戻った春子は夫の昭夫に夢が丘駅の帰路、スーパで求めたシャケ弁当をひとつ渡した。シャケ弁当はひとつ三百九十円、現役時代の昭夫は毎晩のように飲んだくれての帰宅で、ほとんど自宅で晩御飯を食べなかったのだが、仕事を辞めて家にいるようになってからの昭夫は、春子が用... 続きをみる
-
第44回(2/15) 「春子はお子さんとお孫さんを残したんだから、立派よ。もっと自分に自信を持ちなさい!」 「そぉーだわね。夫は定年まで真面目に働いてお給料を渡してくれたし、今の時代、孫どころか、結婚しない子供、下手すると引きこもりの子供が多くいるというのに、あたしの場合、二人の娘は結婚し... 続きをみる
-
-
第43回(2/13) でもねぇー、今や、ひとりでおもしろおかしく生きてく元気がないわぁー。だって、この年になって、今更、人生をやり直すには遅すぎるもの」 「あらっ! そんなことないって、古希になってもまだひとりで充分楽しく生きていけるって!」 「えっ! 富由美、なぜ突如として、そんな元気な台詞を口... 続きをみる
-
第42回(2/11) 春子の話では意外なことに連れ合いは春子不在を喜んだらしい。 老夫婦ともなると、妻は、亭主は達者で留守がいい、のだが、夫もまた、女房は達者で留守がいい、と、なるらしい。 二十一歳で結婚した春子は、まもなく金婚式を迎えるのだが、世間では五十年間も共に暮らした夫婦はめでたいら... 続きをみる
-
第41回(2/9) 「突然、呼び出しちゃって、申し訳なかったわねぇー」 「いいえ、どういたしまして、本日、何も予定なし、暇だから」 今朝、富由美は春子から、「急だけど、今日会えるかしら?」の電話をもらって、夢が丘駅近くのいつも会う所、喫茶店田園にやって来た。 ひとり暮らしで無職の富由美はすべ... 続きをみる
-
第40回(2/7) 「ひとり暮らしは、健康でさえいれば最高ですもんね」 「はい、他界した妻には誠に申し訳ないのですが、我が人生、今が最高ですね。若い頃から好きだった文学の世界に思う存分浸られて、ひがな一日、読みたければ本を開いたり、創作をしたくなれば、小説を書いたり、外の空気を吸いたくなれば、買い... 続きをみる
-
第39回(2/4) 「ふたりのお遊びを祝して、かんぱぁーい」 「かんぱぁーい」 富由美のおどけた口調に伊吹が頬を崩した。 「あぁー、おいしい」 「あぁー、うまい」 富由美は少しはお酒をたしなむので、外食の際には少しのアルコールを体内にとりいれる。 良い酒は人間関係を円滑にする。飲めばみな友達... 続きをみる
-
第38回(1/31) 男と女は基本的に脳の働きが異なる。 アメリカのジョングレイという作家は、男は金星から、女は火星からやってきた、と、述べている。 彼は著書の中で、男と女の脳の構造の違いを指摘、互いを完全に理解し合うことはおよそ不可能であると記している。 富由美は基本的に集団行動が苦手で... 続きをみる
-
第37回(1/29) 子供や孫がいれば彼らの成長とともに、年を重ねる自分を認識しざるをえないだろうが、彼らがいない富由美は、鏡で自分の顔さえ見なければ、まだ高校生のつもりでいる。 「ラクダ乗り楽しかったです。まるで自分が砂漠の国の王子さまになったような気分でした」 「よかったわ」 伊吹も富由美... 続きをみる
-
第36回(1/27) 伊吹と富由美は夢が丘動物園のアフリカゾーンにいる。 あれから富由美はどうやったら伊吹と近づけるのか、と、色々と考えた。結果、伊吹が江戸歩きの会で、動物園は気が休まるから好き、との言葉を思い出して、夢が丘動物園に誘ったら、快くOKの返事がきたので、早速、動物園に行く日を決め... 続きをみる
-
第35回(1/25) 「次回の江戸歩きの会には参加できますか?」 「はい、参加できます」 「あぁー、よかったぁー。みなさん、伊吹さんがいない江戸歩きの会はつまらないと嘆いてますから」 「そぉーですか、僕のような者でもこの世で、少しは存在価値がありますか」 「存在価値、大ありですよ。江戸歩きの会は、... 続きをみる
-
第34回(1/23) 真央と別れた富由美は、結婚未経験の自分は子供も孫もいないのが寂しいといえば寂しいかもしれないが、ずっとこうして生きてきたわけだから、今更、寂しい、寂しい、と、泣き叫んでも誰も振り向いてくれるわけでもなしで、ならば、寂しさと共存していくしかない、と、思う。 それにしても、... 続きをみる
-
-
第33回(1/21) 「それで、結局、結論はどぉーなったの?」 富由美が真央に問うた。ふたりはいつも会う場所、夢が丘駅近くの喫茶店、田園にいる。 「で、結局、結論はね、おかげさまで、どうやら、元のさやに納まったようよ。あたしたち夫婦もそぉーだったけど、どんなに夫婦仲が悪くても、そんなこと、子供に... 続きをみる
-
第32回(1/16) 「嫁さん、すぐ、駆けつけてくれるって」 「良かったわね」 幼児にとってママは我が命である。孫は孫なりに今の自分はひとの助け、特に母親の世話なしでは生きていけないことを察しているのだろう。 ところで、幼児にとっての父親だが、自分の衣食住を満たしてくれない父親などどうでもいい... 続きをみる
-
第31回(1/14) 悠太と孫の後ろ姿に目を細めていたその時、突然、四歳の孫が悠太の手を離れて走り始めた。 目の前が公園だから、悠太がここまで来れば、と、手を離したのだろう、と、思った次の瞬間、孫の体が前のめりになって、両手と両膝を地面について、転んだ。 孫は一瞬我が身に何が起こったのか解... 続きをみる
-
第30回(1/11) 素顔でも見られる顔だったし、店に並んでる好みの服を試着すれば、よく似合い、この服は私を待っていた、と、思うことがたびたびだったが、今はどんな服もこの顔、この体型には似合わなくなっている。 若い時分はパートで働いていたので、自分の稼ぎは自分で自由に使えたので、身に着ける物は... 続きをみる
-
第29回(1/8) 嫁と悠太と真央は険悪な雰囲気が漂う沈黙を続けている。 と、その時、玄関から、「パパ!お話済んだの? 公園に一緒に行こうよ」子供の明るい声がリビングに飛んできた。 その声に悠太がソファーから腰を上げて、「あぁー、終わったよ、今行くから」と、リビングから立ち去った。 嫁と残... 続きをみる
-
第28回(1/6) たぶん、嫁の次なる言葉は、「親が口出し、するな!」だろう。 冷ややかな視線を投げつけた嫁に、真央は更に冷ややかな視線を返す。 視線を正面に座っている悠太に移動すれば、女ふたりのバトルなんぞ自分には関係ない、という顔で、知らん振りを決めこんでいる。 その優柔不断な態度... 続きをみる
-
第27回(1/4) その生活が良かったのか? と、尋ねられても、いいも悪いも、あたしらの時代、女は夫が嫌でも我慢して結婚生活を続けるしか生きる術がなかった。 リビングのテーブルの上にはスーパーで求めたであろう握り寿司のパックがみっつとペットボトルのお茶が三本おいてある。 「お母さん、お昼ですか... 続きをみる
-
第26回(1/2) 日曜日の昼下がり、テレビは正午のNHKのニュースに続いて、のど自慢をやっている。 うららかな外出びよりだ。悠太宅のリビングには太陽がさんさんと降り注いでいる。 リビングの前は庭で、花壇の色とりどりの花たちが太陽の光を浴びて輝いている。 「きれいな庭だこと、よく手入れされ... 続きをみる
-
第25回(12/29) 「忙しいところ、お呼びだてして申し訳なかったわね」 「いいのよ。ちょうど、あたしの方も真央さんと会って、話したいことがあったから」 富由美と真央は夢が丘駅近くのファミリーレストランにいる。 富由美はステーキ定食、真央はハンバーグ定食を注文した。 「最近、肉より魚がよくな... 続きをみる
-
24回(12/27) 真央は富由美に電話をかけた。 「もしもし」 「今、大丈夫?」 「家にいるから大丈夫よ、それこそ、あたしこそ、今、真央さんに電話しようとしたんだけど、あれっ! ちょっと待ってよ、また海外旅行で日本を留守にしてるかも? と、電話をかけるのをやめてたところ。以心伝心ね、ところで、... 続きをみる
-
-
第23回(12/25) だからして、嫁の親に気に入られて婿養子のようになって、嫁の親の敷地内に新居を建ててもらい、普通のサラリーマンならマイホームを持つのが一生の仕事なのだが、その経済的な負担がないので、金銭的にはかなり余裕のある生活をしているらしい。 嫁は正社員で結婚後も子供が出来てからも仕... 続きをみる
-
第22回(12/24) その悠太に真央はこう答えた。 「お母さんはもぉー七十、今は何とかひとりで暮らせてるけど、いつ何どき何が起きてもおかしくない年、その証拠につい最近、友達のなかで一番元気だったお母さんと同じ年、明枝さんが病気になって、あっという間に亡くなってしまったのよ」 「明枝さんって、俺... 続きをみる
-
第21回(12/19) 結婚前は母親思いだった悠太だが、結婚後は嫁と我が子が大事で、我が家庭第一となった。母親など視野の外になった悠太には大いに失望したが、よくよく考えてみれば、所帯を持った男が我が家庭が一番になることは好ましいことではないか、で、真央は悠太が結婚するまで子離れしていなかった自分... 続きをみる
-
第20回(12/16) 真央は自宅マンションで、明枝が逝ってから三カ月が経った、と、灌漑にふけっていた。 真央は海外旅行のドイツから帰国するやいなや、ひとり息子の悠太からこんな電話をもらった。 「あいつはわがまますぎる、一緒に暮らすのはもぉ―嫌だ、離婚して、母さんのところに行っていいか?」 「... 続きをみる
-
第19回(12/13) 卵巣ガンの手術から五年、今のところ、再発や転移がなく、健康診断結果はすべての項目が異常なしで、骨粗鬆症でもなく、血管年齢も年より若く、脳梗塞や心筋梗塞の心配はなし、で、経過観察期間中の五年間は死を意識しない日はなかったのだが、昨今は、快食快便快眠で、死が遠ざかっていると感... 続きをみる
-
第18回(12/10) 卵巣ガンの手術で入院中、夫の昭夫はまったく当てにならないので、春子は使い捨てにしてもいい格安の下着を二十枚買って、病院に持参した。 昭夫は連日病院にやってきたが、春子を喜ばせる台詞を吐くでもなく、ほんのわずかの時、病室にいて帰るのだった。 その昭夫がある時、「何か、用... 続きをみる
-
第17回(12/8) 若い日は頭も体も動きが速かったせいか、一日が長く感じられたが、高齢者となった今は、一日に三食用意して、食べて、歩かないとたちまち足腰が弱るので、散歩や買い物で一日に二回は外に出るので、一日があっという間に過ぎる。 買い物も若い日はいっぺんにたくさん買っても容易に自宅に運べ... 続きをみる
-
第16回(12/6) 人口肛門は自分で排便のコントロールができない。便は腹の上に貼ったパウチというビニールの袋に溜めるのだが、パウチがなければ腹の上に垂れ流しとなってしまうので、人口肛門者にとってパウチは必須品である。 春子の人口肛門はへその左側に腸の先を出す穴を開けて、その腸の先から便がころ... 続きをみる
-
第15回(12/3) 明枝の死から三カ月が経った。春子は日々の生活に追われており、日ごとに明枝のことが頭から去りつつある。 そして、最近は、人間、死んでしまえばお終いよ、生きてるうちが花なのよ、と、思うようになっている。 春子は五年前にステージ三の卵巣ガンなって、六時間半に及ぶ大手術をした。... 続きをみる
-
第14回(12/1) 夫と仲が悪く、いつも別行動だった真央は、いつも一緒で仲がよかった明枝夫婦がうらやましかった。あの夫婦はよほど相性がよかったのだろう。 明枝は女性の平均寿命の八十七歳まであと十七年もあって逝くには少しばかり早い年だったかもしれないが、素敵な家族に囲まれて幸せな結婚生活を過... 続きをみる
-
-
第13回(11/29) 明枝の告別式から自宅に戻った真央は、リビングのソファーに深く腰を沈めて、ぼんやりと目を窓の外にやって町の灯りを眺めていた。 夫が事故死してからひとり暮らしとなった。夫が生存中は郊外の一戸建てに住んでいたが、女ひとりでは家の維持がたいへんと、最寄り駅までバスで三十分、徒歩... 続きをみる
-
第12回(11/27) 「もしもし、伊吹ですが、夜、遅い時間に電話して申し訳ありません。今、大丈夫ですか?」 時計の針は午後十時を指していた。 「いいですが、何か?」 富由美はこんな遅い時間に電話をよこしてくるだから、よほどの用事かと身構えた。 もしやプロポーズかもしれない、だが、富由美は... 続きをみる
-
第12回(11/26) 「もしもし、伊吹ですが、遅い時間に申し訳ありません。今、大丈夫ですか?」 時計の針は午後十時を指していた。 「いいですけど、何か?」 富由美はこんな時間に電話をしてくるだから、よほどの用事かと身構えた」 「実は、兄と暮らしている四国在住のお袋の具合が急に具合が悪くなり... 続きをみる
-
第11回(11//23) 明枝の告別式から自宅に戻った富由美は独居暮らしの家をやけにうら寂しく感じていた。 今は十二月で本日の外気温は五度で、北風が吹いている。 この家は土地が六十坪、建坪が三十坪、築四十年の古い一戸建てだ。 母が達者な頃は庭に四季折々の花を咲かせ、家庭菜園で野菜を作って... 続きをみる
-
第10回(11/21) 義母は口八丁手八丁だったのだが、達者な頃は、「あたしは心臓弁膜症、ころりと逝くから安心しな、絶対、あんたの世話にはならない!」と、嫁の春子に豪語していたのだが、六十九歳で認知症を発症し、それ以降はひとの世話にならなければ生きられない身となって、十七年間の要介護年数を要して... 続きをみる
-
第9回(11/19) 以前も同じ症状で一週間ほど入院した際は、死にそうもない、入院している間はゆっくりさせてもらおう」と、自宅でくつろいでいた春子に、昭夫は病院から何度も電話をかけてきて、「あれ持って来い、これ持って来い」で、結局、春子は連日、昭夫の病室に請われた物を届けに行ったのだった。 昭... 続きをみる
-
第8回(11/ 18) 救急車で運ばれる昭夫は、血圧が急降下し、出血量が多くてひどい貧血で、一緒に救急車に乗りこんだ春子は病院への移動中、救急車のなかで昭夫の死を近くに感じて、葬儀の手筈を考えていた。 長男の嫁の春子は義父と義母を見送っているので、葬儀の手筈は熟知している。 医師に、「ご臨終... 続きをみる
-
第7回(11/15) 翌朝、夫の昭夫に元気がない。 「朝ご飯は食べない、もう少し横になってる」 トイレから出てきた昭夫が力なく言った。 昭夫は元々食が細いうえに、痩せ体質でいくら食べても太らず、食べないと痩せる。 春子はといえばその反対で、食べれば太り、食べなくとも痩せない。 「また、下血... 続きをみる
-
第6回(11/ 11) 昭夫と春子は結婚してから来年で五十年になる。世間では五十年だと金婚式でお祝いをするそうだが、春子は絶対に金婚式のお祝いなどしない、と、誓っている。 なぜなら昭夫との結婚生活はただ長かっただけで、その間、ただわけもなく、五十年という年が惰性で続いてきただけで、春子はこの五... 続きをみる
-
第5回(11/9) 会社員時代の夫は、朝早く家を出て、帰宅は大概午後十時をまわっていた。それも酒に酔っての帰宅だったので、春子は夫に家庭のこと、近所付き合いのこと、などを相談しても、夫が真剣に耳を傾けてくれそうもないので、いつのまにか夫に家庭のことを話すことをやめるようになっていた。 会社員時... 続きをみる
-
-
第4回(11/6) 「ねぇーねぇー、明枝の息子さん、近いうちにニューヨークに転勤だそうよ」 「それって、誰に聞いたの?」 真央の話が寝耳に水だったので、春子は問いた。 明枝と真央は同じ年の息子がいるので、彼女たちは息子たちが幼少の頃は、お互いの家を行き来していたのだが、息子たちが中学生になった... 続きをみる
-
第3回(11/4) 富由美の母親は気丈な働き者で、倒れる寸前まで家事のすべてを担っており、富由美の下着まで洗ってくれたという。未婚の富由美は母親が達者な頃は家事のかの字もしなかった。 春子はそんな富由美に思う。 富由美は達者で長生きをした母親のDNAを受け継いで、きっと最後まで元気でころりと... 続きをみる
-
第2回(10/31) 「夏央はいいわね、面倒なダンナがいなくなって、そのうえ、百歳まで海外旅行をしても使いきれないほどのお金持ちになったんだもの。うらやましいわぁー」 富由美がうらやましそうな顔で口を動かした。 「まぁーね、でもさぁー、あたしは生涯独身の富由美とは大違いで、亡きダンナ、それと、ダ... 続きをみる
-
古希の三人娘 森あるか 第1回(10/27) 「四人のなかで一番幸せで、一番長生きしそうだった明枝が一番先に逝った。 「愛妻家の亭主、優秀な息子、親思いの娘を残して、明枝は逝った」 「立派な一戸建て、可愛い孫たちを残して、明枝は逝った。 春子、夏央に続いて富由美が言った... 続きをみる
-
これからぼちぼち、小説、「古希の三人娘」を書いていきます。 よろしかったら、読んでください・