小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

古希の三人娘(第41回)

第41回(2/9)
「突然、呼び出しちゃって、申し訳なかったわねぇー」
「いいえ、どういたしまして、本日、何も予定なし、暇だから」
 今朝、富由美は春子から、「急だけど、今日会えるかしら?」の電話をもらって、夢が丘駅近くのいつも会う所、喫茶店田園にやって来た。 
 ひとり暮らしで無職の富由美はすべての時間を自分の思う通りに使えるのだが、春子は連れ合いはいるし、近くに住んでいるふたりの娘たちがとっかえひっかえ孫の子守りなどの用事を頼んでくるので、なかなか自分の時間がとりにくいので、春子と富由美が会う時は大概富由美が春子の都合に合わせている。
 富由美が在職中は、専業主婦の春子の方が富由美の都合に合わせてくれた。
「まったくもって、ダンナは定年があるけど、女はダンナが定年になると、ダンナに三食を食わせなければならないから、忙しさが増すわぁー」
「でも、毎日、することがあるって、いいことじゃないの。あたしはさ、朝、目が覚めた時、今日は何をしなければならぬ、が、ないから、お気楽といえばお気楽かもしれないけど、さ。はっはっはっ!」
「あぁー、心底、ひとり暮らしの富由美がうらやましいっ!」
 専業主婦の春子は若い頃は白衣の天使、看護師に憧れていたのだが、親に、「我が家の経済状態では、高校までの教育費が限度」と、言われて、看護学校に進む道を諦めた。
「ところで、あたし、先日、日帰りバスツアーに思い切ってひとりで参加してきたの。はい、これ、東京スカイツリーのおみやげ」
「へぇー、スカイツリーを見学してきたんだ」
「幸い、快晴でね、展望台から大都会、東京がよぉーく見えたわよ」
「それはそれは、良かったこと。たまには日常と違う場所に身を置くと、身も心も清々するでしょ?」
「その通りっ! その日は、ダンナのつまらない顔を見なくてすむし、ダンナの三食の食事作りから解放されるし」
「春子が留守の間、ダンナさんの食事はどうしてたの?」
「二千円渡して、これで、朝、昼、夕と、好きな物を食べてちょうだい、と」
「へぇーっ!」
「あたし、ひとり参加の日帰りバスツアーがすっかり気に入った、来月も日帰りバスツアーにひとりで参加することにしたの」
     (続く、第42回)