小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第27回)

第27回(1/4)
 その生活が良かったのか? と、尋ねられても、いいも悪いも、あたしらの時代、女は夫が嫌でも我慢して結婚生活を続けるしか生きる術がなかった。
 リビングのテーブルの上にはスーパーで求めたであろう握り寿司のパックがみっつとペットボトルのお茶が三本おいてある。
「お母さん、お昼ですから、どうぞ」
 嫁が勧めたが、嫁のすべてが嫌いな真央は、寿司にもお茶にも手を出す気にならない。
 真央は意を決して、ここを訪ねた用を口に出す。
「ここに来たのはね、あなたと悠太のことなんだけれども」
 真央の声が震えている。息子の人生最大のピンチを何とかして円満解決させてやりたい、という親心から、緊張の極みに達しているからだ。
 母親ひとりではどうしても相手に見くびられる。誠に勝手ながらこんな時は勝治にあの世からこの世に戻ってきてほしいと思う。
 勝治は悠太を可愛がっていた。悠太のためなら何でも喜んでやった。
 高校入試の際の親子面談にも臨んでくれた。子育て中には何かと問題が発生するものだが、そんな時は父親としての役目をきちんと果たしてくれた。
「どんなことでしょうか?」
 嫁が怪訝な顔を見せて、抑揚のない話し方をした。この様子では、たぶん嫁は悠太から離婚の話をまだ聞いてないのだろう。
 悠太は優しいのだが、優柔不断なところがある。相手を傷つける言動はまずしない。
 そこで母親の真央がしゃしゃりでたわけだが、しかし、どんなに真央が嫁が嫌いだとて、ここで真正面から嫁に言いたい放題、暴言を吐いたら、真央の胸のうちはすっきりするだろうが、吐かれた嫁は一生真央を恨むだろう。
 そこは大人である。
「あの、ねぇー」
 口ごもる真央に、嫁が、「お母さん、今度のことは夫婦の問題ですから!」
 嫁が両目を釣り上げて、口を斜めに曲げた。
 何とまぁー、醜い顔なんだろう。
 こんな女に騙されて、子供ができた責任感から結婚させられた悠太が可哀そうでならない。
    (続く、第28回)