小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第91回)

第91回(10/16)
 父の葬儀の折り、山梨から父方の叔父と叔母、従兄弟たちが来てくれた。
 彼らは通夜と告別式に参列してくれたのだが、その律儀さの理由は、父が年に数回はひとりで山梨に出かけて、自分の兄弟や従兄弟たちと親睦を深めていたから、と、思う。
父は六人兄弟で上から二番目、次男だった。
 母の方はふたり姉妹だったが、妹が早世したため叔父も叔母も従兄弟もいない、だった。その母はひと付き合いをあまり好まなかったので、井森家の食卓には山梨に住む父方の親戚たちの話題があまりのぼらなかった。
 だが、山梨の親戚筋のなかでただひとり、父の一番下の弟、末っ子のMおじさんだけは、私が小学生時分だったが、数か月の間、井森家の茶の間で寝起きしていたことがあって、Mおじさんには親しみを覚えていた。が、他の親戚たちは顔と名前が一致しなかった。
 告別式の日、火葬の後に親戚縁者や知人たちが一同に会して精進落としをしたのだが、その時、私は山梨の父方の親戚の者たちに、「井森家の次女です」と、自己紹介をしたのだが、その私に父方の親戚の大半が口を揃えて、「あらっ! 横浜に女の子がふたりいたとは! てっきり、女の子ひとりと男の子ひとりだと!」
 つまり第一子として初めて生まれた姉については、親が山梨の親戚一同に誕生した旨を連絡した。そして、次に男の子として生まれた兄も、山梨の親戚一同に連絡した。が、次女として生まれた私は、親が山梨に連絡しなかったのだった。
 と、いうことは、次女の私は生まれついた時から、ひとに注目されることとは縁のない存在だったようだ。
 姉妹でも生まれついた時から周囲にちやほやされた姉と、注目されなかった私とでは、頭の出来も、性格もかなり異なっていた。
     (続く、第91回)