小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第29回)

第29回(1/8)
 嫁と悠太と真央は険悪な雰囲気が漂う沈黙を続けている。
 と、その時、玄関から、「パパ!お話済んだの? 公園に一緒に行こうよ」子供の明るい声がリビングに飛んできた。
 その声に悠太がソファーから腰を上げて、「あぁー、終わったよ、今行くから」と、リビングから立ち去った。
 嫁と残された真央は何を話し、何をしていいのかわからないので、「あたしも悠太と一緒に」と、その場をあとにした。
 嫁の方も真央とふたりの時間など嫌でたまらないだろうが、真央の方も嫁とふたりの時間などまっぴらごめんである。
「パパ、このおばあちゃん、どこのひと?」
 まぁーかわいい、幼い頃の悠太とそっくり、と、にこにこ顔で近づいた真央に、孫が不思議な顔で言った。
 そう言われるのも無理はない。真央が過去にこの孫と会ったのはたった一度、四年前の誕生時で、病院の産科病棟だった。あの時は悠太の親としての責任感から嫌々出産祝いを持参したのだった。
 以後、孫の誕生日、クリスマス、正月は金一封を送ってはいるが、孫とは会っていなかった。
 現在、四歳の孫が真央の顔を知らないのは当然のことである。
「ねぇー、このひと、パパのお母さんなのよ」
 腰を落として、目線を孫に合わせた真央は、人差し指で自分の顔を指して、言った。
「ふぅーん」
 孫が何が何だかわからないけど、納得したような顔を見せた。
 悠太が孫と手をつないで歩き始めた。
 その後ろを歩く真央は、息子と孫がいとおしくてたまらない。
 孫を見た瞬間、何てかわいいのだろう、と感じた。そう感じたのはこの孫に真央の血、悠太の血が流れているからだろう。
 四歳の孫が、幼い頃の悠太とだぶる。
 悠太が可愛い盛りの頃、真央は若かった。
                          (続く、第30回)