小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

井森家の記憶(第86回)

{12}末っ子の宿命
第86回(9/18)
 姉が2年前の3月、兄がその3か月後に相次いで逝った。姉は享年76歳、兄は享年
72歳だった。
2020年の日本人の平均寿命は女性が87歳、男性が81才なので、70代で他界した姉と兄は少々早く死を迎えたのだが、ふたりとも揃って最期は肺がんに冒されて、だった。
 そして、三人兄弟の末っ子の私は、ふた親と姉と兄がこの世から去ってしまい、かつての井森家についてを語り合う相手を失ったのだった。
 姉と兄と私は会えば喧嘩の仲だったが、時折、兄と姉にたたかれた憎まれ口を懐かしく思う。
 末っ子の私は姉と兄に隠れて、家族からの注目度は低かったが、その反面、気楽だったかもしれない。
 姉は、「あたしは井森家の長女だから!」と、井森家に責任を感じていたようだった。
 たったひとりの男の子である兄は両親から一身に愛情を注がれ、多大な期待をかけられて育った。
 親は兄が欲しがる物は買い与え、兄を大学に行かせ、結婚相手まで探し、所帯を持てば住む家まで与えてやった。
 その一方、末っ子の私は、「おまえは我慢するんだよ」と、育てられたので自分で言うのもなんだが、我慢強い人間になったような気がする。
 母が姉のことを、「なんで、うちにあんな子が生まれたんだろう?」と、首を傾げていたが、姉は井森家には出来すぎた人間だった。
 高校時代、「大学に進学したい!」と、泣いて頼む姉に、父は、「女が大学に行ったら、生意気になるだけだ! それより、嫁に行くことを考えろ!」と、つっぱねた。
 学生時代の姉は常に学年で一番の成績だった。親が大学進学を許可していたら、おそらく東京大学に合格してただろう。
     (続く、第87回)