小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

古希の三人娘、第3回

第3回(11/4)


 富由美の母親は気丈な働き者で、倒れる寸前まで家事のすべてを担っており、富由美の下着まで洗ってくれたという。未婚の富由美は母親が達者な頃は家事のかの字もしなかった。
 春子はそんな富由美に思う。
 富由美は達者で長生きをした母親のDNAを受け継いで、きっと最後まで元気でころりと逝くだろう。
 だが、四人のなかで一番元気で病気とは無縁だった明枝が一番先に逝ったのには驚いた。
「明枝がいなくなって、四人が三人になってしまった、寂しくなったけど、残されたあたしたち三人は、せいぜいこれからの人生を楽しみましょうね」
 夫が逝ったあと、ひとり身を謳歌している夏央が、言った。
「そうだわね、人間、死ぬ時は死ぬんだもの、人間はね、神がその者が生まれた時からその者が死ぬその時を定めているのよ。どんなに抵抗しても、神が定めた運命には逆らえないものなのよ」
 富由美が真剣な顔で語った。
 ふたりの話に耳を傾ける春子は、自分は未婚の富由美と未亡の夏央と違って、夫や娘たち、孫たち、と、世話が焼ける家族を抱えているが、それはそれで、神が私にそれがあなたの仕事と、生きる張り合いを与えているのかもしれない、と、思ったりする。だが、古希になったこれからは自分の時間を大いに作ってこれからの我が人生を楽しませてもらおう、とも思う。
 死去した明枝は良妻賢母だった。よい妻、賢い母だった。
 家の内外をいつもきれいにしていた。ガーデニングが好きで、庭には四季折々の花を咲かせていた。
 料理の腕はプロ級だったし、明枝自身も常に身ぎれいにしていた。
 子供はふたりで、上が女の子で、下が男の子、
 明枝は子供たちの教育にも熱心で、子供たちにお金も手間もかけて、有名私立中学校から大学の付属高校に進ませ、ふたりとも親の思う通りの一流大学へ合格した。
 明枝の子供たちはふたりとも頭脳明晰はもちろんだが、性格もよく、各々が自分に合う相手を見つけて結婚し、幸せな結婚生活を送っているという。
「息子がね、K大学に合格したのよ」
「娘がね、一流企業に勤める方と結婚して、帝国ホテルで式をあげるのよ」
 明枝は我が子たちに喜びがある都度、春子に電話をよこした。
 そのたび春子は、「おめでとう!よかったわね!」
 と、その時、春子の家に嫌なことがあっても、明枝の幸せのを我がことのように喜んで、幸せのおすそ分けをもらった。
 友達は不幸な者より幸福な者の方がいい。なぜなら、不幸な者と付き合うと、自分に不幸が感染しそうな気がするからだ。


 (続く、第4回)