小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第57回)

第57回(6/26)
 帰宅した春子が夕ご飯の支度を済ませた時、電話が鳴った。出ると、富由美であった。
 富由美には、「今日、真央と夢が丘で会う」と、メールをしておいた。
「今、大丈夫?」
「大丈夫よ、ダンナ、先に夕ご飯食べさせたから」
 春子の夫、七十六歳の昭夫の現在の仕事はといえば、午前と午後の一日に二回の散歩と、三度の食事を食べることだ。
 朝食は午前七時、昼食は午前十一時半、夕食は午後五時半には食べたいらしい。
 朝食はまあまあだが、昼食は午前中に出かけると、帰宅してから食事の支度に忙しい。午後五時半の夕食も午後出かけると、帰宅してから食事の支度に忙しい。
 昨今の春子は毎日、午前と午後の二回は気晴らしで外に出るのだが、それでもぱっぱと食卓にそこそこの料理を並べることができるので、さすが主婦歴五十年! と、自画自賛する。
「あたしも、今日、夢が丘に行きたかったんだけど、ひとたび働きだしてしまうと、自分の都合でなかなか休みがとれなくて」
「わかる、わかる。ところで、富由美の職場、コロナはどぉーなの?」
「おかげさまで、今のところ、感染者なしよ」
「あぁー、よかった」
 春子は胸をなでおろした。
 このご時世、コロナはいつ誰が感染してもおかしくない、と、なっている。
 富由美が勤め始めた老人ホーム関連はあちらこちらで、集団感染が発生している。
「ところで、真央、元気だった?」
「元気だったわよ。次は富由美の休みに合わせて、三人で会いましょうよ」
「ほんと、三人で会いたいわぁー! 積もり積もった話をしたいわぁー!」
「で、話は突然がらっと変わるけど、あたしたち三人って特別な生命力が備わってると、思わない?」
「あぁー、びっくりした!」
「なぜ?」
「だって、春子もあたしと同じことを思ってたんだもの」
 春子が我が生命力を強く感じるのは、現在の我が体が卵巣がんの手術前より元気だからである。
 それはたぶん亡くなった明枝が、自分の分まで生きて、と、春子に力を与えてくれているからだ。
 真央も富由美もしかり。
     (続く、第58回)