小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第43回)

第43回(2/13)
でもねぇー、今や、ひとりでおもしろおかしく生きてく元気がないわぁー。だって、この年になって、今更、人生をやり直すには遅すぎるもの」
「あらっ! そんなことないって、古希になってもまだひとりで充分楽しく生きていけるって!」
「えっ! 富由美、なぜ突如として、そんな元気な台詞を口から出せるようになったの?」
 春子の問いに、富由美は当今、伊吹という男友達ができたことを告げた。
「まぁーっ! それはすばらしいこと! でもねぇー、男友達ができるのは富由美がずっと独身で所帯の苦労をしてないから、年より十は若く見えて、未だにきれいなせいだわよ。長い結婚生活のうえ卵巣ガンになってしまったあたしは、頭の先から足の先まですっかり疲れきってしまい、最近は年より十老けて見られてるのよ。あたし、最近、自分の姿形を鏡で見ると、すっかりばあさんになった我が姿に、泣きたくなってしまう」
 確かに結婚生活と病は女の姿かたちを老けさせるかもしれない。だが、しかし、春子には我が血を受け継いだ子供や孫たちがいる。その若い彼らを見れば、母であり、祖母である自分が自然の摂理で老いたことなどどうってことはないだろう。
 子孫を残した春子に比べれば、我が血が自分一代で消えてしまう富由美は寂しい限りだが、それは自分で決めた道なのだから、誰も責められはしない。
「でも、孫ってね、理屈抜きで愛しいの。我が子の時は病気や怪我をさせてはいけない、しっかり教育しないと、などと、育てることに必死で、子供を可愛いと思う余裕がなかったけど、孫は何かあれば、はい、ママ、だから、無責任でいられるから、おばあちゃん業って満更、悪くないのよね」
 春子が笑みを浮かべた。
      (続く、第44回)