小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第58回)

第58回(6/29)
「明枝が亡くなってちょうど一年」
 真央が感慨深げに言った。
「明枝と真央と春子とあたし、四人、あちこちで遊んだ、実に楽しい時間を過ごさせてもらった」
 富由美が遠くに浮かぶ白い雲に目をやりながら、言った。
「その四人が三人になってしまったけど、あたしたち三人、いつまでも達者で生きて、これからも遊び続けようね」
 真央と富由美に続いて、春子が言った。
 三人は生前の明枝が好きだった夢が丘駅近くの植物園に来ている。
 今日は明枝の没後一年、本来なら一周忌の法事で集まるはずなのだが、明枝の子息からの連絡で、「コロナ渦により、お集まりになった方たちにコロナを感染させる恐れがあるため、母の一周忌の法事は見合わさせていただきます」とのことなので、ならば、没後一年日の今日、三人で集まって明枝を偲ぶ会をしよう、となって、今現在ここに来ている。
 三人掛けのベンチで、横のベンチには真ん中を空けて、真央と富由美、こちらのベンチには春子が腰を落としている。
 コロナ渦となった今は、ひととひとが会う時は相手と最低一メートルの距離をとる必要があり、静かな口調で会話をしなければならない。
 三人は葉が生い茂る大木の下で、色とりどりの花が植えてある広い花壇を眺めながら、頬にさわやかな風をうけ、なるべく互いの飛沫を浴びないように注意をして、語りあっている。
「ところで、明枝のご主人のことだけど、一か月前に亡くなったそうよ」
「えっ! 真央、その情報、どこから?」
 真央の言葉に驚いた春子は、問いた。
「息子の祐介に風の便りで届いたそう」
「そういえば、祐介くん、明枝の息子さんと友達だったもんね」
「ご主人の葬儀はコロナ渦の今だから、息子さんと娘さんふたりだけでやったそうよ」
「そぉーなの、寂しいお葬式だったわねぇー」
「そぉーだけどさぁー、コロナがいつ終息するかわからないけど、コロナ渦の限り、賑やかなお葬式は望めないわねぇー」
「コロナ渦での人生最期のお別れ、何だか、寂しいわねぇー」
 三人は口を揃えて言ったあと、ため息をついた。
    (続く、第59回)