小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第36回)

第36回(1/27)
 伊吹と富由美は夢が丘動物園のアフリカゾーンにいる。
 あれから富由美はどうやったら伊吹と近づけるのか、と、色々と考えた。結果、伊吹が江戸歩きの会で、動物園は気が休まるから好き、との言葉を思い出して、夢が丘動物園に誘ったら、快くOKの返事がきたので、早速、動物園に行く日を決めて、夢が丘駅改札口で待ち合わせをし、駅からバスで十五分の動物園までやってきた。
 夢が丘動物園は二十年前に開園した市営の動物園で、入園料は六十五歳以上は五百円である。ここの特徴は見学する人間たちよりもそこに住んでいる動物たちが優先で、見学者たちはあくまでも動物たちのご機嫌を窺いながら、動物たちを見させてもらう。
 園内は広大で、入り口から一番奥のアフリカゾーンまでは動物園バスを利用して十分間かかる。
 緑が多くて自然が多く残されたここにいると、ここはまるで山奥では? と、錯覚させる。
「山に来たみたいで気持ちが落ち着きます。若い頃は山男でして、月に一度は山に登ってました」
「まぁー! そぉーなんですか! わたしも山が好きで、若い頃は山女でした」
「そぉーなんですか」
「はい、学生時代はサークル仲間と、看護師になってからは職場の者たちとよく山に登ってました」
 伊吹は富由美より二歳上だが、同じ時代を生きてきた者同士なので、話が合う。我々が若い頃、若者たちの多くのレクリエーションは山に行くことだった。
「ところで、伊吹さん、せっかくアフリカゾーンに足を踏みいれたのですから、ラクダ乗り体験をしませんか?」
 富由美はここでラクダ乗り体験ができるということを、テレビの情報番組で知った。
♪月の砂漠をは~るばるとぉ~旅のラクダがぁ~行きぃ~ましたぁ~
♪金のくらにはぁ~銀のぉ~かぁーめぇ~銀のくらにはぁ~金のかぁ~め
♪先のくらにはぁ~伊吹王子さまぁ~あとのくらにはぁ~富由美ひめさぁ~まぁ~
 先に伊吹がラクダに乗って進み、あとに富由美がラクダに乗って進んだ。
 その時、富由美はまるで自分が砂漠の国のお姫さま、伊吹が王子さまのようになった気がしたので、本当は声高らかに月の砂漠を歌いたかったのだが、心のなかで月の砂漠を歌った。
 年を重ねて外見は老いてしまったのだが、内面は高校生の頃とまったく変わらない。
 鏡で自分を見る都度、富由美は、このばあさんの顔があたし!と、がっかりしてしまう。
     (続く、第37回)