小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第26回)

第26回(1/2) 
 日曜日の昼下がり、テレビは正午のNHKのニュースに続いて、のど自慢をやっている。
 うららかな外出びよりだ。悠太宅のリビングには太陽がさんさんと降り注いでいる。
 リビングの前は庭で、花壇の色とりどりの花たちが太陽の光を浴びて輝いている。
「きれいな庭だこと、よく手入れされてるわね」
「庭の手入れは親がやってます。わたしは仕事で家を留守にしがちなものですから」
 真央の対面には悠太と嫁の亜矢がいる。
 幼い孫はここにはいない、同じ敷地内に住んでいる嫁の親が子守りをしているのだろう。
 愛想なしで気が利かない悠太の嫁を、真央は上から下まで大嫌いである。嫁は真央の言葉に、「はい」と返事をしたことがない。真央が何か言うたびに反対意見をかえしてくるので、真央は嫁と会って話をすると、気分が悪くなるので、会わずに話さずにすむなら、死ぬその時まで関わりたくないと思っている。
 頭では可愛い息子の嫁なのだからと思っても、身体がどうしても拒絶反応を起こしてしまう。 だからして、真央はこの先自分に何があっても、嫁には絶対に世話にはならない、と、思っている。そのためにはどうしても死ぬその時まで、頭と体が達者でいなければならない。
 この先で一番の心配事は認知症になることだ。最後の最期まで頭さえしっかりしていれば、自分の最後の最期はお金で解決できる老人ホームから病院、墓のコースと歩むことができる。
 だが、いくら真央が全身全霊で嫁を嫌ったとて、息子と孫にとってはかけがえのない妻、母である。
 現在はひとたび何かことが生ずれば、たちまち生き別れの風潮にあるが、真央は子供がいる夫婦の場合は断じて離婚をしてはならぬ、が、信条である。
 真央自身、夫の勝次と何百回も離婚の文字が浮かんだが、真央の父から、「断じて離婚を許さぬ、もし別れてもけして親を頼るな! 戻るな!」と、きつく言い渡されたし、高卒後、数年間のOL経験をしただけで結婚した真央自身も、世間にひとりで飛び出して、子供を育てていく自信がなかったので、この場所で生きていくしか他に術がない、と、毎日を騙し騙し、結婚生活を送ってきた。
(続く、第27回)