小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第39回)

第39回(2/4)
「ふたりのお遊びを祝して、かんぱぁーい」
「かんぱぁーい」
 富由美のおどけた口調に伊吹が頬を崩した。
「あぁー、おいしい」
「あぁー、うまい」
 富由美は少しはお酒をたしなむので、外食の際には少しのアルコールを体内にとりいれる。
 良い酒は人間関係を円滑にする。飲めばみな友達となる。だが、悪い酒はいけない、人間を狂わせる。
「伊吹さんはどの位、お酒を?」
「毎晩、カンビールひと缶です。なんせ、独居老人なもので、泥酔して風呂にでも入って、浴槽で寝こんでしまっても誰も助けてくれませんから」
「そぉーいえば、あたしと同じ年の、知り合いの彼女ですが、ひとり暮らしでしたが、冬の寒い日に、風呂場で溺死した方がいました」
 七十歳まで生きていれば、過去に様々な者たちとの出会いがある。
「それから、もうひとり、知り合いだった男の方なんですが、亡くなったのは今から二年前、享年七十二歳だったのですが、彼、奥さん亡きあと、ひとり暮らしをしていたのですが、冬の日、布団のなかで心不全を起こして急死してしまい、その彼、鉄筋コンクリート造りの県営住宅に住んでいたのですが、冬で、布団のなかということだったのかもしれませんが、幸か不幸か臭いが外に漏れなくて、なんと、遺体が発見されたのが死後三カ月経ってからでした」
「何と、むごい! で、その彼、お子さんはいなかったのですか?」
「いませんでした。奥さんの死後、寂しくてついお酒を飲み過ぎてしまい、体を壊してしまったらしいです」
「お酒はほどほどが、ベターですね」
「そぉーですね。ところで、伊吹さん、お子さんは?」
「娘がひとりいますが、北海道に嫁いでしまったので、まったく当てになりません」
「そぉーですか。でも、この年ともなると、どんなに気をつけていても、ひとり暮らしだとある日突然は誰の身に起きてもおかしくありませんね」
「娘は妻が逝った直後、北海道で一緒に住もう、と、誘ってくれたんですが、今更、知らない土地に住むのは抵抗があるし、娘の連れ合いに遠慮しいしいの暮らしも嫌だし、で、ならば頑張って今の生活をひとりで続けよう、と」  (続く、第40回)