小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第55回)

第55回(6/22)
「春子と会えて話しができてほんとによかった。やっぱ、ひとって生身の人間と会うことが大事よね。自粛でスティホーム以前のあたしは、毎日あちこち飛びまわってた。話し相手にこと欠かなかった、寂しさを感じる間がなかった。自分の身に何かあれば、知り合いの誰かに連絡すればすぐさま駆けつけてくれると信じてた。でも、このコロナ渦では、ほんの少しの同情で助っ人に行ったら、助けを求めた者がコロナに感染してる危険が大いにあるわけだから、助っ人もコロナに感染してしまい、その挙げ句、我々高齢者は重症化する確率が高いから、で、コロナ渦の今、ひとの世話どころではなくなってしまった」
「そぉーよね、感染した助っ人は、助けを求めた相手を恨むようになってしまうもの」
 そう口にした春子はコロナとはつくづく無慈悲で、人間関係を希薄にする感染症だと思う。
「ほんとに、ほんとに、今日はありがとう。コロナ渦になってから、春子が一番先に会ってくれた。でも、もし、あたしがコロナに感染しても、絶対にお見舞いに来ないでね、お葬式にも来ないでね」
「承知したわ」
「考えてみれば、胃がんがわかって三か月で亡くなった明枝だけど、その時は亡くなったことを不幸だと思ったけど、明枝は家族に最期を看取られて、多くのひとがお葬式に参列したんだんだもの、よくよく考えてみれば、いい時に亡くなったのよね」
「そぉーね、このコロナ、我々が生存中に終息するとは思えないもの。我々は密かに最期を迎えて、密かに火葬されるんだわ」
「まぁーね、面倒で世話なしといえばそぉーだけどね。それでは、お互いに体に気をつけて、また、お会いしましょう」
「そうよ、こうなったら自分の最期なんか考えてもしょうがないもの、なるようになるさ、で、せめて、生きてる間だけでも、こうして会って、楽しいおしゃべり、おいしい物を食べましょうよ!」
 久しぶりに家族以外の者と話らしい話をした春子は、身体中の細胞が活性化したらしい、生きる意欲がわいてきた。
 それは真央と会うと、素の自分に戻れるからだろう。
 老夫婦二人暮らしの日々は、おもしろくもなんともない。
 真央は会えてよかったと礼を述べたが、礼を言いたいのは春子の方である。
    (続く、第56回)