小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

古希の三人娘(第19回)

第19回(12/13)
 卵巣ガンの手術から五年、今のところ、再発や転移がなく、健康診断結果はすべての項目が異常なしで、骨粗鬆症でもなく、血管年齢も年より若く、脳梗塞や心筋梗塞の心配はなし、で、経過観察期間中の五年間は死を意識しない日はなかったのだが、昨今は、快食快便快眠で、死が遠ざかっていると感じ、死ぬ心配よりも生きる心配をしなければ、となっている。
 だが、その一方で、二年前には春子と同年齢の兄嫁が自宅風呂場で急死、一年前には姉が七十六才で多臓器不全で病死、半年前には兄が七十二歳で肺ガンが発覚してからわずか半年で、息をひきとった。
 ガンイコール死と思いこんでいた春子は、自分がガンを告知された時、三人兄弟のなかで自分が一番先に逝くとばかり思っていたのだが、その春子がいまだ生きている。
 ふた親は既に亡く、姉と兄を相次いで亡くし、明枝が逝き、で、残された春子は寂しい限りである。
 夫の昭夫もふたりの娘たちも春子に寄りかかっている。だが、しかし、このことが、あたしがいなければ! と、春子に生きる張り合いをもたらせているのかもしれない。
 振り返れば、春子自身も親を頼りにしていた。姉と兄も頼りにしていた。それが、七十歳になった時点で、頼れる相手のすべてを失ってしまい、途方にくれているのだが、かといって誰かに、「あとを追って、死にたいですか?」と、問われたら、「死にたくない」と、即答する自分がいる。
 人生はたった一度、
 せっかくこの世に生をうけたのだ。息がとまる寸前まで自分なりに懸命に生きていこう、と思う。
      (続く、第20回)