小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第14回)

第14回(12/1) 
 夫と仲が悪く、いつも別行動だった真央は、いつも一緒で仲がよかった明枝夫婦がうらやましかった。あの夫婦はよほど相性がよかったのだろう。
 明枝は女性の平均寿命の八十七歳まであと十七年もあって逝くには少しばかり早い年だったかもしれないが、素敵な家族に囲まれて幸せな結婚生活を過ごしたのだから、人間、幸せの年月が定まっているのかもしれない。
 真央はというと、夫が死亡した時、ひとり息子の悠太は葬儀にやってきたが、悠太の嫁は妊娠三カ月という理由で、葬儀に顔を出さなかった。
 嫁は夫の一周忌、三周忌の法事にも何かと理由をつけて顔を出さなかった。
 嫁は母の日にも真央の誕生日にも何もしてくれなかった。そして、真央はというと、今現在四歳の男の子の孫に、出産祝い、誕生日祝い、クリスマス、お年玉と、何かにつけて、金一封を送っているが、それとて、嫁はお礼の電話をよこさず、悠太が、「届いたよ、ありがとう」と、電話してくるだけである。
 要するに、真央は嫁に嫌われているのだ。
 人間、あっちが嫌なら、こっちも嫌なもので、何もこちらからへいへいして嫁と付き合うこともないので、真央は嫁を他人以上の者と思うようにしている。
 ふた親は既になく、兄弟は三人だが、二年前に相次いで姉と兄が病死した。
 そんな真央は、時には自分を寂しく感じたりするが、次の瞬間、いや、ひとに合わせることが苦手な自分は、せっかくのひとり暮らしになったのだから、最後の最期までひとりで自分を守って、ひとりで自分を楽しませて生きていこう、と、寂しさを向こうに追いやる。
 子育て期間中は、悠太を一人前にするまで死ねない、と、生きることに必死だった。
 だが、今、所帯を持った悠太は母親の真央など必要ないし、不仲だった夫が長患いをしたらどうしよう、と、案ずる必要もない。
 親兄弟はあの世に行ってしまったが、しかし、だが、七十歳の自分とて、黄泉の国入り口ドアの前に立って順番を待っているようなもので、いつあの世へのお迎えの声がかかるかわかりゃしない。
 まぁー、その時までせいぜい自分で自分を楽しませましょうよ、で、来週はドイツに行って、クリスマスマーケットに身を置いてくる。  (続く、第15回)