小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第44回)

第44回(2/15)    
「春子はお子さんとお孫さんを残したんだから、立派よ。もっと自分に自信を持ちなさい!」
「そぉーだわね。夫は定年まで真面目に働いてお給料を渡してくれたし、今の時代、孫どころか、結婚しない子供、下手すると引きこもりの子供が多くいるというのに、あたしの場合、二人の娘は結婚し、それぞれ子供を二人ずつ設けて、まぁー、子供が所帯を持てば、それなりの苦労は生じるわけだけど、おまけにねぇー、六十五歳の時、あたしが卵巣ガンになってねぇー、連れ合いがいて、子供がいて、孫がいれば、次から次へと色んな出来事が襲ってくるけど、そのおかげであたしの辞書には退屈という言葉はないわね」
「そぉーよ、年老いた者がひしひしと感じる一番の寂しさは、自分が誰にも当てにされてない、この世で何の役にも立ってないと、感じることじゃないかしら?」
「そぉーかもねぇー。あたしの一番の誇りは、連れ合いと娘たちが我が存在を大いに当てにして、彼らの口癖は、お母さん、いつまでも元気で長生きしてね、だもの。でも、それが、あたしの生きる張りになってるんだと思うわ」
 春子が自分が吐いた台詞に納得した顔を見せた。
 そうなのだ、春子と富由美が会うのは、相手から説教を食らうためではなく、互いに日々の暮らしを嘆きあって、互いに口から言葉を発しているうちに、自分が何を考えているのか、自分が何をしたいのか? が、見えてくるので、会って我が思いを相手に吐き出すことが大事なのだ。
 その点、老夫は古女房が何かを話すと、さも自分が偉そうに上から目線で何か言ってくる。
 老夫に何かを話す古女房はけして意見を求めているのではなく、ただ単に話を聞いて相槌を打ってほしいだけなのだ。
 だからして、古夫持ちの春子は時々富由美と会って話を聞いてほしいと言ってくる。
 その点、付き合いが浅い男友達の伊吹は、古女房でない富由美に遠慮があるので、まだ富由美を不愉快にさせる台詞を吐かない。
 富由美は男と女は結婚すれば互いに緊張感を失うので、男と女の理想の関係は別居生活で、付かず離れずの関係を保つことだと思っている。
      (続く、第45回)