小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第17回)

第17回(12/8)
 若い日は頭も体も動きが速かったせいか、一日が長く感じられたが、高齢者となった今は、一日に三食用意して、食べて、歩かないとたちまち足腰が弱るので、散歩や買い物で一日に二回は外に出るので、一日があっという間に過ぎる。
 買い物も若い日はいっぺんにたくさん買っても容易に自宅に運べたが、今はいっぺんにたくさん買うと、持ち帰れなくなってしまったので、たくさんを買えず、買い物の回数が増えた。
 春子が他の高齢者と比べて買い物の量が多いのは、週に一度娘たちふた家族が来るからで、そのための食料品の買い物をするからである。
 常日頃、夫とふたり暮らしの春子は、家の真ん中でテレビを見るだけの夫のための食事作りが億劫でたまらないが、娘たちが来ると、気持ちが子育て時代の若い日に戻り、がぜん張り切って食事作りをする。
 若い家族たちはいかにもまずそうに食べる夫とは大違いで、「おいしい、おいしい」と、春子が作る料理を平らげてくれるので、作る方としては張り合いがある。
 五年前に卵巣ガンの手術をした春子だが、手術後は二十日間の入院、それからの七か月間は、主治医の七草医師が、「肉眼で見えるガンはすべて取り去った、が、肉眼で見えないガンが残っているといけない、それが肺へでも転移したらたいへんだ、予防のために抗がん剤治療をした方がいい」と、抗がん剤治療を勧めたのだが、抗がん剤治療をしてまで生きたくなかった春子は、その言葉に抵抗したのだが、とうとう主治医の七草医師の説得に負けて七か月間に及ぶ抗がん剤治療をしたのだが、その間、頭髪は抜け、吐き気を催し、貧血やら不整脈やらとなり、で、半病人となっていたので、自分が生きていくだけで精一杯だったので、娘家族たちへの食事作りどころではなかったので、娘家族たちの来訪は控えてもらった。 (続く、第18回)