小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

古希の三人娘(第2回)

第2回(10/31)


「夏央はいいわね、面倒なダンナがいなくなって、そのうえ、百歳まで海外旅行をしても使いきれないほどのお金持ちになったんだもの。うらやましいわぁー」
 富由美がうらやましそうな顔で口を動かした。
「まぁーね、でもさぁー、あたしは生涯独身の富由美とは大違いで、亡きダンナ、それと、ダンナのふた親を、四十年間も面倒みたんですからね、ダンナが逝って五年、この五年間、自由きままに過ごさせてもらったけど、それはね、今までの結婚生活で苦労させられてきたから、神さまがあたしにごほうびをお与えになったわけなのよ」
 夫の死後、生き生きとしだした夏央は、夫が生存中は、血圧が高い、首が凝る、腰が痛い、などなど、いつも身体のどこかしらの不調を訴えていた。が、夫の死から半年後には、ひとりでタイの海外旅行ツアーに参加して、こんなおもしろいことが世の中にあったなんて、と、それ以後、三カ月に一度の割りで海外旅行のツアーにひとりで参加している。
「自由を満喫しているあたしに比べて、春子はまだ主婦の現役やってるんだもの、えらいわねぇー、たいへんだわねぇー」
 夏央が春子に同情の目を向けた。
「ほんと、ほんと、毎日、毎日、野暮用が押し寄せて、忙しくて、忙しくて」
 そう答えた春子はふたりの娘がいるが、ふたりとも結婚して、近所に住んでおり、週に一度、日曜日になると、娘たち一家の来襲がある。娘たちはそれぞれが二人ずつ子供を設けているので、孫が四人いる。
「春子はたいへんかもしれないけど、娘さんがふたりも近くに住んでるんだもの、これから先、何があるのかわからないから、何かあった時はふたりの娘さんが助けてくれるでしょうから、大安心でしょ? 結婚しなかったあたしは、夏央と春子と違って子供はなし、従って孫もなし、で、これから先のことを思うと、不安だらけになるわよ」
身を震わせた富由美は生涯独身で、看護師を六十五歳の定年まで勤めあげた。そして、仕事を辞めたとたん、同居している母親が脳梗塞をおこして半身不随になり、二年間の介護をしたのち、あの世に見送った。
 富由美の父親は富由美が高校生の時に死去しており、以後はずっと母親と富由美のふたり暮らしだった。
       (続く、第3回)