小説、その2「井森家の記憶」

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2021年7月のブログ記事

  • 井森家の記憶(第73回)

    第73回(7/28)  結局、兄が承諾したので、父は人工呼吸器をつけることになった。  医師が言う。 「人工呼吸器装着には井森さんを今夜から睡眠状態にしなければなりまぜん。会わせたい方がおられましたら、早急に連絡願います」  その日、姉は知人の結婚式に参列していたのだが、急遽、病院にやって来た。待... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第72回)

    第72回(7/23) 「それが、たいへんなのよ」  医者から聞いた話を手短に伝えた。  その朝、兄嫁はパートに出かけたのだが、行く前に数日前から体調を崩していた父の様子を見に行かず、自宅からパート先に向かった。  もし、その朝、兄嫁がちょっと父の所に寄ってくれていたら、その時は脳梗塞で既に半身不随... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第71回)

    第71回(7/20)  集中治療室にいる父を待合室で案ずる私に医師が寄ってきて、「井森さんのご家族ですか?」と、聞いた。 「はい、そぉーですが」 「井森さんは本日の未明に脳梗塞を起こして、半身不随になりました。加えて肺炎と腎不全と、三つの病気を併発しており、極めて危険な状態です」 「そぉー、ですか... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第70回)

    第70回(7/17)  兄嫁はお盆を使うでもなく、おかずの一品も添えることなく、菓子パン二個のみをおいたのだった。 「イヌじゃ、あるまいし!」  かろうじて、私はその言葉を飲みこんだ。  兄嫁の持ってきた母の昼食は私には考えられない物だった。  かねてから兄嫁と私は親しく口を聞く仲ではなかったし、... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第69回)

    第69回(7/14)  週に一度実家通いをしていた私がある日、正午前に実家に到着すると、母が相好を崩して、「今日のお昼ご飯、嫁さんがもってきてくれるんだよ」と、告げた。 「そりゃあー、いかった、いかった」  うれしさのあまり、私は母と抱き合いたい気分になった。  父の死後、独居老人になった母を案じ... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第68回)

    第68回(7/10)  几帳面な父とおおざっぱな母は喧嘩が絶えなかったが、そんな母の気晴らしはひとりでバスやタクシーに乗って、日中の三、四時間、あちこちに出かけることだった。  ふた親は経済的には困っていなかったようで、姉の会社で働いていた父の給料は父のものだったが、なんせ、お金を使わない体質の父... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第67回)

    第67回(7/4)  姉も私も生活に困ってはいない。殊に自営業の姉はサラリーマンの我が家とは収入が桁違いに多く、姉はよく実家にお金を出していた。  実家への支援の一番は父を姉の会社の倉庫番として雇ったことだったろう。  父は電車とバスを乗り継いで片道二時間の道を仕事場まで週に三日通い、一日に四時間... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第66回)

    第66回(7/1)  父は自分の老後がひと一倍心配だったようだ。無駄遣いをせず、食道楽も着道楽も旅道楽もなかった父の趣味はお金を貯めることだったのかもしれない。  が、父が自分の老後について案ずる必要はまったくなかった。なぜなら父は身体が不自由になってからわずか三週間で息を引き取ったからだ。  人... 続きをみる

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