小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第54回)

第54回(6/18)
「ところで話はがらりと変わるけど、悠太君、どうしてる?」
 悠太は真央のひとり息子で、四十五歳、結婚して孫がいる。
「おかげさまで、コロナのおかげで、互いに連絡しても会うことはできないし、だもんで、知らぬが仏、で、悠太一家については、今のところ、何の悩みもないわ」
「そぉー、なんだ」
 春子は近くに住むふたりの娘たちに何かと当てにされて、孤独を感じる間もない日々なのだが、子供にまったく当てにされない親は寂しいものがあるにちがいない。
「だって、悠太と嫁に愛想を使っても、こちらの金力、体力、気力を消耗するだけで、何のメリットもないもの」
「そぉー、なんだ」
「で、もし、ひとり暮らしのあたしが、ある日、突然倒れたら、それはそれで、はい、そこまでよ、で、役所のひとが遺体を何とか始末してくれるでしょうが」
「そぉー、かもね」
「でも、さぁー、あたしが死んだらあたしの全財産、悠太にいってしまうのよね、それは、イコール、嫁にいってしまうことで、考えてみれば、親子というだけで、あたしの全財産をうけとる嫁が憎らしいったらありゃあ、しないわ」
 口を斜めに曲げた真央だが、嫁は悔いが、我が子と孫はかわいいのだから、口は悪いが気はいい真央のことだ、口とは裏腹に我が子と孫のために、遺産を残す手筈をしているにちがいない。
 春子はといえば、子供を通り越して、孫のために郵便局で積み立て貯金をしている。
 春子たち世代が働き盛りの頃、日本は高度経済成長期で、頑張れば、子供を教育しながら、家の一軒も持てた。だが、今の時代はいくら頑張っても、子供を教育しながら家を持つことは容易なことではない。
 そのうえ、このコロナ禍だ、
 今の若い者たちは未来に向けて夢を持つことができるのだろうか。
   (続く、第55回)