小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

古希の三人娘(第32回)

第32回(1/16)
「嫁さん、すぐ、駆けつけてくれるって」
「良かったわね」
 幼児にとってママは我が命である。孫は孫なりに今の自分はひとの助け、特に母親の世話なしでは生きていけないことを察しているのだろう。
 ところで、幼児にとっての父親だが、自分の衣食住を満たしてくれない父親などどうでもいいのである。
「オレ、祐介、年とってからできた子だろ?」
「そぉーだわね」
「可愛くて、可愛くてさ」
「そぉーよね、親という者は、みんなそぉーなんだわよ」
 祖母の真央も今日、ほんのちょっと孫と触れ合っただけだが、孫が可愛くてならない。
 だが、幼い孫にとって今一番必要なものは母親である。
「悠太、祐介が可愛くてたまらないなら、嫁さんと別れるのは無理ね、だって、嫁さんと別れたら、祐介とも別れなければならないんだもの」
 まさしく、子はかすがいである。
 今の世の中、親権はほとんど母親だし、もし親権が父親になったとしても、古希の真央にとって息子と孫の世話は酷すぎる。
「オレ、祐介が生まれてから、生きる張り合い、仕事のやりがいが増してるんだ」
「子供は幼い頃は父親の出番はあまりないけど、男の子はね、ある年齢になると、同じ男の父親の出番が大いに有りとなるのよ」
 そう語る真央は、夫の勝治が休日になると、悠太のおしめがとれた頃から、悠太を連れて、ふたりで釣りや虫捕り、ハイキングに出かけていたことを思い出す。
 真央はそのふたりにお弁当を持たせたのだが、お弁当を作る真央は心のなかで、会社が休みの日、仏頂面の勝治が家のど真ん中、茶の間のテレビの前で一日中じっとして、真央が作る三食を待っている状態より、勝治を外にに連れ出してくれる悠太の存在に感謝した。
 夫と子供がいない休日の昼間は家中の窓を全開にして、空気を入れ替えた。
 そよそよと風が吹き渡るひとりの自宅で、ケーキとコーヒーで、好きなテレビ番組をみるのは、真央にとって至福の時間だった。
     (続く、第32回)