小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第61回)エピローグその2

第61回(7/6)
 エピローグ(その2)真央


 自宅マンションに戻った真央は古希三人娘のやりとりを思い返してにやにやしていた。
 コロナ渦になってから某スポーツクラブで集団感染が発生したため、スポーツクラブに足を向ける気にならず、世界中がコロナ渦となっている今、生きがいだった海外旅行にはいつ行かれるかまったく目途が立たない。
 この先おそらく真央の頭と体が達者なうちには新型コロナウイルスを退治させる治療薬もワクチンも開発されないだろう。と、なると、真央の一番の楽しみ、海外旅行は諦めなければならない。
 夫が交通事故死して五年、ひとり息子の祐介、四十五歳は結婚してかわいい孫がいる。
 貯蓄が趣味だった夫は、もっとも我が老後が不安でお金だけが頼りだった夫だろうが、老後を前にしてある日突然交通事故死したので、夫には老後資金の必要がなくなり、夫の死後、多額の貯金と生命保険金が妻の真央に残された。
 生前の夫は食道楽も着道楽もなく、ひたすら質素な暮らしを愛していた。家計の管理は夫がしており、真央には毎月、必要最低限の生活費しか寄越さなかった。
 夫が渡す生活費では真央が自由に使えるお金がなかったので、息子に手がかからなくなってからはパートに出て、自分の小遣いを稼いでいた。
 夫は真央が得たお金で何を買おうが文句を垂れなかった。が、働く真央だったが、けして家事の手抜きはできなかった。
 夫は外食が嫌いだったので、お袋風の料理を好んだので、夫好みの和風料理を作って食卓に並べた。
 和風料理は身体にいいらしく、交通事故死する前の夫の健康診断結果はすべての項目が異常なしだった。
「オレ、どこも悪いとこない、百歳まで生きられる」
 健康診断結果に頬を崩していた夫だったが、その一週間後に帰らぬひととなった。
 それにしても死者となった者はみな仏となる。
 コロナ渦の今、思い出すのは夫と祐介と過ごした楽しい日々である。
「あなた、せっかくたくさんのお金をあたしに残してくれたのに、コロナ渦の今、お金の使い道がなくて、困ってる」
 真央は見えぬ夫に向かって苦笑いした。と、その時、電話が鳴った。
「もしもし、お母さんですか?」
 受話器から聞こえたのは、祐介の嫁の声だった。
「あららっ! お久しぶり! 元気だった?」
 コロナ渦以後、ひととの会話が極端に減っている真央は、久しぶりに聞く嫁の声がうれしかった。
「こちらはみんな元気でやってます。わたしたち家族、お母さんが気にはなっているのですが、コロナ渦で、なかなか会いに行けなくて」
「まぁーっ!」
 たとえお世辞でも、コロナ渦でひと恋しい高齢者のひとり暮らしとしては、自分の存在を気にかけてくれる者がいることはうれしい。
 嫁との電話はあれこれたわいない話で終了した。
 電話が済んだ時、どこからか夫の声が聞こえた。
「お金、使い切れなかったら、オレと血が繋がってる子供と孫にやってくれ」
「あららっ! あなた、妻のあたしにはどケチだったのに、子供と孫には甘いのね。でも、ざぁーん、ねんでした。ほんとは、お金の使い道はあるのよ」
「それは?」
「あたし、自分で自分のことができなくなったら、有料老人ホームに入居するつもりなの。人生の最後はそこで生きながら極楽生活を楽しませてもらう予定」
 (続く、第62回)