小説、その2「井森家の記憶」

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2021年2月のブログ記事

  • 井森家の記憶(第29回)

    第29回(2/26)  姉と私の深夜二時間の語らいは、姉が二十四歳で結婚して実家を去るまで三年間続いた。  姉の結婚はお見合いだったが、相手は電気会社の社長で、金銭的に恵まれた生活を約束されていた。  姉が結婚した当時、高校卒業が間近に迫っていた私は就職先の希望が出版社だったのだが、父が、「オレが... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第28回)

    第28回(2/23)  いじけた高校生の私だったが、ふたつのこと、本を読んでいる時と、JRCのクラブ活動をしている時だけは生き生きしていたと思う。  私の読書好きはたぶんあの頃、勤め先の演技部に属して、サルトルだのボーボワールなどと文学を熱く語った姉の影響だと思う。  姉は午後十一時になると、就寝... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第27回)

    第27回(2/17)  クラス分けは選抜コースひとクラス、理科系大学、文科系大学、就職希望、家庭科コースと、五つだった。選抜コース以外は生徒本人が希望する進路によって、クラスを選ぶことができた。  大学進学を希望していた私だったが、父が、「うちは女を大学に行かせる金なんか、ない!」と、両の目を吊り... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第26回)

    第26回(2/12)  が、ふた親の死後長男の兄が数年間井森宅の空き家を管理していたのだが、古家の面倒をみきれなくなった兄が、井森宅を手放した。  今現在、井森家の面々が暮らしていた家は跡形もなく壊されて更地となり、他人さま名義の駐車場となっている。  その地に井森宅があった唯一の形跡としては、駐... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第25回)

    第25回(2/8)  もっとも姉と口を聞くきっかけになったのは、父の姉への厳命、「おまえ、今夜から文枝と同じ部屋で寝ろ!」が、あったからで、姉が午後十一時になると、四畳半の私の部屋にやって来て、同じ部屋で休むようになったからだ。  姉と私は四畳半をカーテンで仕切って、かろうじてお互いのプライバシー... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第24回)

    第24回(2/6) 姉は高校の卒業式の時、卒業生代表で答辞を読んだ。 父は勉強ばかりの姉に、「夜遅くまで起きてるな! 電気代がもったいない! うちの手伝いをしろ!」などと、鬼の形相で怒鳴っていた。 そして、社会人となって学校の勉強から解き放たれた姉だったが、就職した銀行は残業の連続で、毎日帰宅時間... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第23回)

    第23回(2/3)  五十メートル徒競走ではいつもビリか、ビリから二番だった私は、芯は負けず嫌いなのだろう、気持ちはすぐ先を走る者を追い抜こうとするのだが、懸命に足を動かしても、すぐ先を走る者を抜けなかった。  年に一度の秋の運動会は母が見学に来た。その日、夕食時の話題はかけっこでどんじりだった私... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第22回)

    第22回(2/1)  が、私は思う。  頭脳明晰だった姉のこと、あの時、東京大学を受験していたら、たぶん東大生になっていただろう。しかし、父の猛反対にあった姉は、第一銀行に就職した。  まったくもって、同じ親から生まれたというのに、姉の脳みそと私のは格段の差があった。  子供時分、姉と兄と私の三人... 続きをみる

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