小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第96回)

第96回(11/12)
 姉が逝った2019年3月はコロナがこの世界に蔓延することになろうとは夢にも思ってなかった時だった。姉の葬儀は800名の方が焼香に訪れてくれた。
 他界直前の姉はK大学病院の個室に3か月間入院していた。何回か見舞った私は、庶民のではとても手が届かない1日5万円也の病室を拝見させてもらった。そこは洗面所とトイレとコンパクトな調理台が備えられていた。
 最後は長年患っていた糖尿病から腎不全になって、人工透析を受けていたが、頭はクリアだった。
 65歳で糖尿病になった姉について私が一番恐れていたことは、糖尿病から認知症になることだった。
 糖尿病は病状が悪化して、頭にくると認知症、目にくると失明、足にくると足の切断、腎臓にくると人工透析となる。
 ところで、兄の肺がんが発覚したのは、姉が最後の入院で、K大学病院にいた最中だった。その時、両親亡き後、井森家の旗振り役だった姉はもはや兄と直接会う体力が失せていた。
「正樹を、お願い」
 病床の姉が弱々しい声で私に請うた。
「わかった」
 大きく首を縦に振った後、私は姉に問うた。
「兄さんの、あの娘、どぉー、するの?」
 肺がんになった兄は、余命半年を宣告されていた。
 兄が罹ったがんは進行が早いがんで、わかった時は既に脳と骨に転移していた。
 兄嫁は逝っている。
 兄が没すれば、姪のあの娘、M子はゴミ屋敷と化した兄宅にひとり残されてしまうのだった。
(続く、第97回)