小説、その2「井森家の記憶」

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2021年3月のブログ記事

  • 井森家の記憶(第38回)

    第38回(3/28)  料理のセンスが欠ける母が作るお弁当は、ご飯の上に焼きサンマが一匹、などと、ひとに見られたくない日もあった。高校生以後の私は自分のお弁当は自分で作るようになった。  母が料理嫌いの原因のひとつに井森家の台所が狭くて使い勝手が悪かったこともあったと思う。  井森家の大きな出費の... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第37回)

    第37回(3/25)  秋山村の農家に生まれた父は成績が優秀で、小学校の卒業時、教師から上の学校に進むように勧められたが、家が貧しくて、学歴は高等小学校卒だった。  卒業後は横浜の古河電工に入社するまで、様々な仕事をしていたらしい。  横浜まで出てきた父だが、父が若い頃、交通網は発達しておらず、横... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第36回)

    第36回(3/23)  内面がめっぽう悪かった父だが、勤め先の会社では労働組合の委員長として、横浜工場の敷地内に体育館を建設することに奔走し、父の努力によって体育館が完成した。  また政治が好きで、社会党を支持し、選挙の際には隣近所の者たちを我が家に集めて、立候補した社会党議員が我が家で演説した。... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第35回)

    第35回(3/21)  母は、時、所、相手かまわず、思ったことをその場で口に出さずにはいられない癖があった。が、私からみればかわいげがあって、憎めないひとだった。  その母は父の悪口を私に耳にタコが出来るほど聞かせた。そのことにより私の脳内は、母は良い人、父は悪い人が刻みこまれた。  父は坊主頭で... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第34回)

    (6)井森家の茶の間 第34回(3/15)  祖父母と父と母、子供三人の七人家族だった井森家の茶の間は、食事中にたびたび喧嘩が勃発した。  食事をとるために、一日に二回、朝と夕に家族全員が茶の間に集まるのだが、その場でつい余計なことを口走る母のひと言が、喧嘩が始まる要因のひとつだったかもしれない。... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第33回)

    第33回(3/12)  姉も私も結婚して子育てが始まった以後、実家に足繫く通うようになった。と、ともにそれぞれが我が家庭の出来事を母に電話で話すようになった。  母は姉から電話をもらうと、必ずや私に電話をしてきて、姉からの電話の内容を事細かに話した。その母は思ったことは口に出さずにはいられない癖が... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第32回)

    第32回(3/9)  それから姉は一年半後に次男、そのまた一年半後に三男を生み、更に、上の三人の子供たちと年が離れた四男を儲けた。  年子と変わらない乳幼児三人の母親だった頃の姉は、三人めの妊娠時は膨らんだ腹の上に次男を抱き、長男を背負って、用事に出掛けていた。  一方、二十一歳で結婚した私はとい... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第31回)

    第31回(3/5)   思えば幼少時代に近所の子供たちに『はないちもんめ』という遊びに誘われた。仲間に加わったのだが、それはそこに集まった十人が五人ずつに分かれて、向かい合い、手と手をつないだこちら五人とあちらの五人が、「あの子がほしい」「あの子じゃわからん」「この子がほしい」「この子じゃわからん... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第30回)

    第30回(3/2)   高校時代の私は学校の勉強は落第点をとらない程度で、読書とJRC活動に明け暮れた。  学校には図書館司書の先生が主催する読書会があった。ひょんなきっかけから読書会のメンバーになった私は、そこで自分でいうのも何だが、たちまち存在価値を認められる者となった。  勉強もダメ、運動も... 続きをみる

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