小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第49回)

第49回(6/8)
「富由美はいいわね、古希になっても生き甲斐があって」
「うぅーん、そぉーねぇー、そこにあたしがいなければ、という我が居場所があると、人間、全身から生きる意欲がわいてくるから不思議ね。そぉーいう春子だって、近くに娘さんとお孫さんがいて、あたしがいなければ、じゃないの?」
「その通りね。コロナで休校になった孫たちの面倒をみてる。娘たち、近くに住んでるもんだから、何かというと、親を当てにして。たまには、妻役、母親役、ばあちゃん役から解放されて、田園で、ひとりの人間に戻ってぺちゃぺちゃおしゃべりしたいわぁー」
「そぉーそぉー、また、三人で夢が丘駅の喫茶店、田園で会って、たくさんたくさんおしゃべりしたいわねぇー」
「ほんと、ほんと、でも、コロナの感染者数が増えたこの三カ月で、世の中がまったく変わってしまった。あたし、この三カ月、電車とバスが怖くて、自転車と歩きで行ける所しか行ってないのよ」
「あっ! 悪いけど、ご免、ご免! 仕事に出かける時間になっちゃった、コロナが落ち着いたら、また、三人で会って、いっぱいいっぱい、おしゃべりしようね」
「そぉーしよう、そぉーしよう、じゃあー、またね」
「またね」
 電話を切った春子は久しぶりに富由美と話をしたせいか、心が浮き立った。
 コロナで自粛生活が始まって以後、出かける先は国が許可している病院とスーパーとドラッグストアーとホームセンターとコンビニだけ、それも、コロナの感染が怖いので、のんびりと買い物を楽しむことができず、必要な物を買ったら、そそくさと店から退散している。
 テレビはコロナ禍の今、コロナとは一体何なのだ?! と、人類初のウイルスに関する情報を煩雑に報道している。
 今までの我が市のコロナ感染者数は計十五名、コロナは感染力が強いので、我が家近辺で感染者が発生した場合は、もしや感染者がその辺を歩いているかも? と、ちょっとの外出でも用心して歩く。
 他の買い物客たちも春子と同じなのだろう、コロナ禍以前のように買い物を楽しむ様子はなく、買い物客同士、互いに疑惑の目を向けあっている。
 コロナは若い者は体力があるゆえ感染しても無症状が多いそうだが、若い者がその無症状の時期に、本人が知らないうちに高齢者や持病がある者に感染させてしまうと、高齢者や持病持ちは重症化してしまうという厄介なウイルスという。
     (続く、第50回)