小説、その2「井森家の記憶」

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古希の三人娘(第45回)

第45回(2/17)
 富由美と別れて自宅に戻った春子は夫の昭夫に夢が丘駅の帰路、スーパで求めたシャケ弁当をひとつ渡した。シャケ弁当はひとつ三百九十円、現役時代の昭夫は毎晩のように飲んだくれての帰宅で、ほとんど自宅で晩御飯を食べなかったのだが、仕事を辞めて家にいるようになってからの昭夫は、春子が用意した食事を日に三度、何でも食べるようになっている。
 春子の本日の夕食はなし、というのは、昼は富由美と夢が丘駅近辺の和風ファミレスで、千八百円也の天ぷら定食、食後にケーキとコーヒでおしゃべりざんまいだったので、体重が増えてしまい、昭夫に合わせてシャケ弁当を食べれないのだ。
 卵巣ガンの手術後は体重が三キロ減った。術後の三年間はいくら食べても体重増はなかったので、その間、春子は食べたい物を食べたいだけ食べたのだが、その間は身体のあちこちが不調で、何を食べても味がせず、食べ過ぎれば吐き気と下痢を催し、夜は眠れずに悶々とした。
 それが術後の経過観察期間五年を過ぎた頃より、何を食べてもおいしく、夜はよく眠れるようになり、吐き気や下痢に襲われなくなり、快食、快便、快眠状態となったのは、ガンがようやく体内から放れていった証なのかもしれない。
 そして、その頃から食べれば肥えるという、手術以前の太る体質に戻ったので、食べ物をセーブしているのだが、油断するとすぐ体重が増えてしまう。
      (続く、第46回)