小説、その2「井森家の記憶」

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2021年8月のブログ記事

  • 井森家の記憶(第82回)

    第82回(8/31)  夏ではないが、家族揃っての外出がまれの井森家だったが、東京見物に出掛けたことがあった。  東京の地をよく知らない父だったので、電車が私たちを目的地近くの駅まで運んだ後は、タクシーを利用して東京見物をした。  東京見物で最も印象に残った場所は、交通博物館だった。実物そっくりの... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第81回)

    第81回(8/26)  夏休み、余所宅では泊まりの家族旅行を楽しんでいたらしいが、井森家は両親揃って旅行の趣味がなかったので、宿泊の旅はなかった。が、子供たちの宿題で絵日記が課せられたので、私の、「一昨日も昨日も今日も何もしなかった、家にいた」では、その日記を学校へ提出するのはみっともない、と、夏... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第80回)

    第80回(8/23)  私にとって、夏の楽しみは盆踊りとお祭りだった。  姉は引っ込み思案の私と違って活発で人前に出ることを恐れなかった。  母の言によると、姉は三歳の時、家族がふと気づくと自宅から姿を消していた。箪笥の引き出しを見ると開けっ放しになっており、姉の浴衣がなかった。  心配になった家... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第79回)

    第79回(8/19)  蚊帳の話に戻るが、両親と子供時代の兄と私は六畳の和室に四人並んで寝た。父と母が真ん中で、父の左側が兄、母の右側が私だった。  蚊帳のなかは暑かった。母が団扇で風を送ってくれたのだが、その風が心地好くて、私は至福のなかで眠りについた。  扇風機は私が小学校高学年の時、我が家に... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第78回)

    第78回(8/16)  裏山から湧き出る清水が井森家の井戸に流れ落ちる。  井戸の深さは三メートル、直径は一メートルほどだった。縁までの高さが二十センチ位と低かったので、傍らでつまずいたら頭から井戸に落ちてしまう恐怖があった。  井戸の水は透明だった。顔を水面に貼りつけてなかを覗くと、底にビー玉や... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第77回)

    第77回(8/13)     主婦は自宅が職場で、家にいる限り次から次へと仕事が見つかって、気が休まらない。 主婦の仕事はいくらやっても評価されず、賃金も得られない。  母の口癖は家の仕事は張り合いがない、だった。そんな母の張り合いは、ネッカチーフの縁をかがる内職だった。ミシンを使用せず、手縫いで... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第76回)

    (第76回 8/9)  婿養子の父だったが、井森家での父は絶大なる権力の持ち主だった。  父は自分に逆らう家族の者たちには手厳しく向きあった。  ある時、父に激しく口答えした母は父に殴られて、顔面に青あざを作った。数日間、お岩さんの面相で過ごした。  が、母は気持ちの切り替えが早かった。父の顔を見... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第75回)

    第75回(8/6)  やせ型で生真面目な父と小太りで大ざっぱな母はある意味でいいコンビだったかもしれない。  兄は体格も性格も金銭感覚も父とは対照的だった。  友達が多い兄は、最後の最期まであの友達、この友達と付き合っていた。  兄嫁の友達付き合いに関しては知るよしもないが、ただ義妹の私とは親戚付... 続きをみる

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  • 井森家の記憶(第74回)

    第74回(8/2)  冬の寒い日、自宅風呂場で溺死した兄嫁は享年六十九歳だった。彼女が残したものは、ゴミ屋敷と三百万円の借金と家事能力が欠如した五十歳の未婚の娘だった。  実家に通っていたある日、帰り際に兄宅に寄ったのだが、兄嫁は玄関ドアの外に立つ私に、「お茶でも」の一言もなかった。が、私は半ば強... 続きをみる

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