小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第98回)

第98回(11/20)
 生存中の兄嫁は自宅に私を上げなかった。が、兄嫁が逝った半年後の新盆で兄宅に上がった私は、そのあまりに荒れ果てた室内に目を丸くした。
 その家の台所では数時間後に来訪する住職さんのお茶の用意ができなかった。
 この汚い台所で足腰が不自由だった兄嫁は何を調理し、何を口にしていたのだろうか?
 そこで、私はこう思う。
 自宅風呂場で溺死した兄嫁は、その時、既に家事が出来ないほど神経に異常をきたしていたのでは?
 そんな場合、世間一般の同居している娘ならば、母親を案じて、台所に立って何かしらの料理を作るだろうが、あの台所はM子が料理をした形跡がまったくなかった。
 兄は元来片づけや掃除には無頓着だった。
 隣家の母はきれい好きで掃除好きだったが、ある日、兄宅のことをこう言った。
「あの家族は、家が汚い方が落ち着くらしいよ」
 姑としての母はさぞかし嫁教育をしたかっただろうが、それを阻んだのは、女房子供にはひどく厳しかったが、嫁には滅法甘かった父だったかもしれない。
 父としては息子の嫁を自分が選んだというメンツがあったため、母が嫁を教育しようとすると、それが嫁いびりに思えて、母をものすごい剣幕で怒鳴りつけるので、結局、嫁教育を出来ず仕舞いだったらしい。
                  (続く、第99回)