小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第31回)

aruka

第31回(3/5) 
 思えば幼少時代に近所の子供たちに『はないちもんめ』という遊びに誘われた。仲間に加わったのだが、それはそこに集まった十人が五人ずつに分かれて、向かい合い、手と手をつないだこちら五人とあちらの五人が、「あの子がほしい」「あの子じゃわからん」「この子がほしい」「この子じゃわからん」と、お互いのグループが前進したり後退したりしながら、最後に相手方の欲しい子供の名前を指名するのだが、私以外の全員は名前があがったのに、ついに私は最後まで自分の名前を呼ばれなかった。
「あぁー、誰もあたしを必要としないのだ」と、自分をひどく惨めに感じ、自宅に戻った私の目から涙をぽろぽろと流した。
 子供時代の私は引っ込み思案で、泣き虫だった。
 だが、小学生時代までは内気な私だったが、中学時代は成績がクラスで上位になったせいか、内面は相も変わらず内気だったが、外面は並みの生徒だったと思う。
 そして、高校時代の私は校内読書感想文コンクールで第一位になったことにより、自分に少しは自信が持てるようになった。
 ところで、また、話を姉と私に戻そうと思う。
 結婚した姉はすぐ妊娠して、男の子を生んだ。産後は保土ヶ谷の実家に戻って、母の世話になったのだが、その間、OLだった私は連日の帰宅時間が門限の午後十時で、休日もあの友この友との外出で、姉と会話もせず、甥の顔もまじまじと見なかった。
 そのうち産後の養生期間が過ぎて、姉は車で一時間ほどの連れ合いが待つ我が家に帰った。
 井森家は親戚や近所付き合いが疎遠傾向にあったので、末っ子の私は、それまで赤ん坊が身近にいなかったので、赤ん坊の可愛さを知らなかったのだった。
(続く、第32回)