小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第34回)

(6)井森家の茶の間
第34回(3/15)
 祖父母と父と母、子供三人の七人家族だった井森家の茶の間は、食事中にたびたび喧嘩が勃発した。
 食事をとるために、一日に二回、朝と夕に家族全員が茶の間に集まるのだが、その場でつい余計なことを口走る母のひと言が、喧嘩が始まる要因のひとつだったかもしれない。
 食事の際、家族全員が黙々と箸を動かしてさえいれば、茶の間に陰気臭い雰囲気が漂ったかもしれないが、時として包丁騒ぎになることもなかっただろう。
 会社員の父は、毎日、午後六時半に帰宅し、夕飯の前に入浴するのが決まりだった。そして、午後七時に夕食が始まる、が、井森家の日課だった。
 風呂場は一畳ほどで、これもまた一畳ほどの台所の隣りに位置していた。風呂場と台所の境は上方の三分の一が空いた簡易ドアで、父が入浴中は風呂場と話が出来る至近距離で台所仕事をする母が、入浴中の父に一日の出来事をあれこれ語るのだった。
 入浴中に母の話を聞いた父は、母の話をすべて鵜呑みにし、それが夕飯時、父のお説教へと繋がっていくのだった。
 母は、時、所、相手かまわず、今思ったことをその場で口に出さずにはいられない癖があった。が、私からみればかわいげがあって、憎めないひとだった。
 その母は父の悪口を私に耳にタコができるほど聞かせていた。私の脳内はいつのまにか、母は良い人、父は悪い人の構図が出来上がっていた。
 父は坊主頭で、通勤時の服装こそハットの帽子に背広だったが、家にいる父は一度としてシャツにズボンの洋服姿でいた試しがなく、寝巻き風の着物姿だった。
 茶の間は四畳半で、真ん中に掘りごたつがあり、私が子供時分の冬は掘りごたつが暖の主要だった。
 (続く、第35回)