小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第28回)

第28回(2/23)
 いじけた高校生の私だったが、ふたつのこと、本を読んでいる時と、JRCのクラブ活動をしている時だけは生き生きしていたと思う。
 私の読書好きはたぶんあの頃、勤め先の演技部に属して、サルトルだのボーボワールなどと文学を熱く語った姉の影響だと思う。
 姉は午後十一時になると、就寝のために私の部屋にやって来たのだが、それから寝るまでのひととき、私は姉に読んだ本の感想やJRCの部員のなかで好意を抱いた男子生徒についてを話した。
 あの若い日、就寝時間は毎晩午前一時だった。高校生になった私はようやっと姉と大人の会話ができるようになっていた。
 私は姉に午後十一時から午前一時までの二時間を、自分の思いを聞いてもらっていた。
 JRCの部員で私が好意を抱いた彼は、二年先輩の高校三年生で、一流大学を目指す選抜クラスに入っていた。
 その彼、高尾はがいこつとあだ名されるほど頬がこけて、ほっそりとした長身だったが、太る体質の私は、自分と同じく太った男はどうしても生理的に好きになれず、その点、Gパンを身に着けた高尾の脚は、Gパンと脚の肉の間にゆとりがあった。
 高尾はよくひとりでJRCの部室を訪れており、部員たちが思いの丈を綴る大学ノート『落書き帳』に私の心に染みる文章を残していた。
 芥川龍之介が好きという高尾の風貌は、どことなく芥川龍之介を思わせた。
 そして、私は高尾の影響で高尾が好きな芥川龍之介に興味を持つようになり、学校の図書館に通い詰めて、芥川龍之介の小説、エッセイ、など芥川に関する書物をむさぼり読んだ。
 芥川龍之介の妻の名前が私と同じふみと知った時は、飛び上がらんばかりに驚喜した。
    (続く、第29回)