小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第74回)

第74回(8/2)
 冬の寒い日、自宅風呂場で溺死した兄嫁は享年六十九歳だった。彼女が残したものは、ゴミ屋敷と三百万円の借金と家事能力が欠如した五十歳の未婚の娘だった。
 実家に通っていたある日、帰り際に兄宅に寄ったのだが、兄嫁は玄関ドアの外に立つ私に、「お茶でも」の一言もなかった。が、私は半ば強引に部屋に上がらせてもらったのだが、お茶の用意をした兄嫁は急須で湯飲み茶碗にお茶を注いだのだが、そのお茶は出がらしで色も味もなかった。
 私は友達たちの家に何度か上がらせてもらったことがあるが、どの彼女たちも家の内外をこざっぱりさせており、新しい茶葉のお茶とお菓子を出してくれた。
 ひとを招くのが苦手な兄嫁に私は、このひと、余所のお宅にお邪魔したことがないのだろうか? と、首を傾げた。
 掃除が行き届いた余所宅を見れば、汚い我が家を反省して、少しは掃除をしよう、と、いう気になるはずだったろう。
 母は料理は嫌いだったが、掃除と洗濯は好きだった。実家は常にこざっぱりしており、洗濯物が風になびいていた。
 兄嫁はその実家を、「きれいにしてる」と、感心していたが、実家の暮らし振りを見習って、我が家も少しはきれいにしよう、とは思わなかったのだろうか。
 私が思うに、兄嫁は元々気が利かない性質だった。が、それが毒舌家の兄と結婚したことで、けちょんけちょんにけなされ続けた。ならば、そんなに言われるなら、あたし、夫(兄)の言う通りのだらしない人間になるわ! と、開き直ったのかもしれない。
 口が悪いといえば、父は外面は良かったのだが、内面が悪くて母に言いたい放題だった。
    (続く、第75回)