小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第66回)

第66回(7/1)
 父は自分の老後がひと一倍心配だったようだ。無駄遣いをせず、食道楽も着道楽も旅道楽もなかった父の趣味はお金を貯めることだったのかもしれない。
 が、父が自分の老後について案ずる必要はまったくなかった。なぜなら父は身体が不自由になってからわずか三週間で息を引き取ったからだ。
 人生の最後を長患いせずにすんだ父は、病院の治療代も介護費用もほとんどかからなかった。
 父の死後、母に頼まれた私は父の通帳を探して、残高を覗いたのだが、そこにはけっこうな数字が記されていた。
 それからしばらくの間、母がお金の管理をしていたのだが、そのうち母が病院やら施設やらのお世話になると、兄が親のお金の管理をし始めた。
 が、お金を貯めるのはたいへんだが、使うのは容易で、父が残したものは、いつのまにか兄が使ってしまったらしい。
 その件で兄にこう尋ねたことがある。
「父さんが残したお金、あれ、どぉー、したの?」
「あぁー、あれかぁー、あれは父さんの葬式代で使っちまったよ」
「そぉー」
 義父母を見送った経験ありの私は、葬式代は香典で相殺されることを知ってはいたが、お金に困っている我が家ではないので、その話はそこで終了したのだった。
 (続く、第67回)