小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第21回)

第21回(1/29)


(5)姉と私の関係
 幼少時代、ひとつ屋根の下で過ごさなかった私たち姉妹は、普通の姉と妹の関係とは少し違っていた、と、思う。
 姉との同居は私が小学一年の時からだから、その頃、六歳年上の姉は市電で山手の私立中学校に通っていたので、朝は早く家を出て、帰りは夕方で、小学生の私とは生活時間帯が違っていた。
 そんな姉は私には遠い存在で、食事は茶の間で共にするものの、姉は不愛想だったし、また自分の食事が済むやいなや、自分の部屋に戻った。
 自室での姉は机に噛りついて、難しい顔で教科書と向き合っていた。
 後年、姉は私にこう言っている。
「勉強してる間は何もかも忘れられる、だから、勉強するのよ」
 勉強に没頭することで現実から逃げている姉のようだったが、真相はたぶん勉強することが何よりも好きだったのだろう。
 毎晩、深夜まで机に向かっていた姉は、勉強に精を出すあまり、たびたび鼻血を出した。
 私立の中高一貫校の六年間、姉の成績は常に学年で一番だった。成績優秀な姉は、父に、「大学に行かせてほしい」と、哀願したのだが、父が、「うちは女を大学に行かせる経済的余裕なんかない! 第一、女が大学に行くと生意気になる! 高校を出たら、数年間、働き、それから嫁に行け!」と、断固として大学進学を反対したので、泣く泣く進学を諦めた。
 あの時代、女性が大学生になることはまだ一般的ではなく、大方の女性は高卒後、数年間OLとして働いて、その傍ら、お花やお茶、洋裁などの花嫁修行をし、二十三、四歳で嫁にいく、だった。
     (続く、第22回)