小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第19回)

第19回(1/23)
 末っ子の私は母親べったりだったせいか、母がひとに語る話を傍らでよく聞いていた。
 ひとたび口を開いた母は、相手が、「へぇーっ! そぉーなんですかぁー、奥さん、苦労したんですねぇー」などと、反応したが最後、我が生い立ちから、自分と祖母との関係、父の悪口等々、相手がその場から立ち去るまで口を動かし続けた。
 だからして、母にべったりだった私は、母の話を全身に浴びて育った感があり、いつしか、母は良いひと、祖母と父は悪いひと、の構図が出来上がっていた。
 母の話によると、祖母は自分を可愛がってくれなかった、そのひとつとして、子供時分、甘い物が食べたくて、つい台所の砂糖瓶に手を伸ばしたら、それが祖母に見つかって、ものすごい権幕で怒鳴られた。
 甘い物が好きな母は若い頃鶴見の森永製菓に勤めたのだが、仕事はチョコレートの検査で、目の前を流れるチョコレートをつい口に入れてしまい、その結果、虫歯だらけとなって、五十歳で総入れ歯となったこと。
 祖母は家庭的なひとではなかった。同居後は一切台所に立たなかった。大和に住んでいた時、祖母の家を何回か訪れた際の昼食はいつもご飯と冷ややっこのみだった。
 が、昔の豆腐は今の豆腐と違って味があった。
 豆腐を砕いて、醤油をかけた物をご飯と混ぜて食べたのだが、けしてまずいとは思わなかった。
     (続く、第20回)