小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第65回)

第65回(6/25)
 父は女房子供の前では気難しい顔をして、笑顔を見せなかった。その父が兄嫁がその場に加わると、気難しい顔を解いたのは、たぶん我が老後を兄嫁に託すつもりだったので、気を遣ったせいかもしれない。
 私自身は実家の隣りに兄が住み始めてから、兄は随分と父に援助してもらってる、長男として親の老後をみるのは当たり前、と、思っていた。
 要するに、次女の私は父が風邪から死に至るまでは父に何かあった場合は兄たちが何とかしてくれる、と、踏んでいたのだった。
 しかし、後日わかったことだが、冬の寒い日々、独居老人の身だった父は風邪をひいたのだが、ひとに頼ることが苦手な父は、隣家の兄夫婦に助けを求めなかった、また、兄夫婦も具合が悪い父に気づかなかった。
 その頃、父は週に一度の介護ヘルパーと、週に五日の夕食サービスをうけていた。
 それらの手続きをしたのは実家から車で一時間の距離に住む姉だった。が、私は側に兄たちがいるのだから、小姑は余計な口出し、手出しをしない方がいい、と、思っていたので、親の家庭にしゃしゃり出る姉を快く思ってなかった。
 そう思ったのは、常日頃の姉は私と会えば必ず小言を放つので、むっとする私は口答えをし、姉との口喧嘩が始まっていたからだった。
 顧みれば、井森家の面々は威張りやのケがあり、ひとの上に立ちたがるケがあった。
 ひとの頭を押さえつけようとする父と、同じような性格だった姉は、姉が結婚して家を出るまで対立が絶えなかった。
 兄と私も間違いなく父の血を受け継いではいるが、父の逆襲が恐ろしくて、表面上は父に従っていた。
    (続く、第66回)