小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第64回)

第64回(6/23)
 清潔好きだった父が、なぜこざっぱりさせない兄宅を黙認していたのかは不可解だが、たぶん父は自分が夫婦にしたゆえ、己のメンツゆえに夫婦揃って掃除能力が欠如した兄夫婦に文句のひとつも言えなかったのだろう。
 母は父に、「あんな女を正樹にくっつけて」と、文句を垂れていた。が、どこまでも兄嫁びいきだった父は、文句を言う母に、今にも殴りそうな顔を呈した。
 母は父の嫁びいきのせいで、嫁教育ができなかった。そのうち、母は兄宅について、「あの家族は、汚い方が落ち着くようだから」と、兄宅について一切口をださなくなった。
 大和から移転した兄一家が両親の地続きに住んで十年めのこと、母が膝の人工関節手術のために入院した。
 その間、ひとり暮らしになった父を案じて様子を見に行った私に、父は、「こっちは大丈夫だ、あいつがいる病院の方に行ってやってくれ」と、気丈な言葉をよこした。
 父はひとに頼られることは好きだが、ひとに頼ることは嫌いというか、出来ないひとだった。
 だが、母が入院中、ひとり暮らしだった父は風邪をこじらせて、肺炎と脳梗塞と腎不全と、同時にみっつの病いを発症した。
 救急車で病院に運ばれた父は、三週間を集中治療室で過ごした末、息を引き取った。
 享年八十四歳、
 2001年12月のことだった。
 (続く、第65回)