小説、その2「井森家の記憶」

よろしかったら、読んでください

井森家の記憶(第63回)

aruka

第63回(6/20)
 と、なると、父がいたく気に入って、息子の嫁にと、半ば強引に兄と結婚させたのだが、兄宅がゴミ屋敷化したのは、昔から家事能力が欠如していた兄嫁を父が見抜けなかったせいかもしれない。
 その父はといえば神経質が服を着ているような人間だった。
 父は自分の持ち物の置き場所として、洋服ダンスひとつと茶箪笥の下段のみで足りた。 私物が少なかった父はたぶん物を持つことが嫌いだったのだろう。
 父の居場所は井森家のど真ん中、茶の間、縁側に接している一畳だった。
 頭を茶箪笥、足をテレビに向けて、食事以外は横になって、楊枝をくわえつつ、目をテレビにやっていた。
 茶箪笥の下段には父が使用している楊枝が一本あった。ある日、探し物をした私は茶箪笥の下段、父の楊枝一本にわずかに触れてしまったのだが、帰宅した父が定位置に納まってない楊枝に気がついて、「誰が、オレの楊枝をいじった!」と、白目を剝きだして怒った。
 何にでも細かくて、きっちりしないと気が済まない父だったが、女房子供には厳しかった父だったが、自分で気に入って井森家の嫁に迎えた兄嫁には厳しさのきの字も感じられなかった。
 きっちりしていた父だったが、茹でトウモロコシのきっちりした食べ方には大いに感心した。
 指先でひとつひとつの粒を摘まんで口に入れる父の食べたトウモロコシは、私がかぶりついて歯の跡を残す物とは大違いで、美的でさえあった。
 食事に関しての父は、結婚前の若い時分にさんざん外食をしたので、外での食事を嫌い、母に、「何でもいいから、うちで作ってくれ」の、言葉を放っていた。
 銭湯は、「知らないひとが入った風呂は汚い!」と、頑として公衆浴場に足を向けなかった。
 着るものは通勤用の背広が数着のみで、自宅にいる時は寝巻きのような着物姿で、普段着る洋服は何ひとつ持っていなかった。
 休日は午前十時に起床して、遅い朝食の後、あちこち不具合が生じた家の内外の修理をしたり、家庭菜園をしていた。
    (続く、第64回)