小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第10回)

第10回(12/24)
 昭和二十一年、姉が三歳の時に戦地から戻った父だが、ほどなく母が懐妊し、昭和二十一年十一月に兄が生まれた。
 井森家は五人から六人家族になったわけだが、それでも父と母が祖父母の家を出たのは、復員した父が同居してから三年後だったので、この三年間は何とか同居生活を持ちこたえていたのだろう。
 この頃、井森家は戦後の混乱期に加えて兄が生まれて、子供がふたりになったので、家事と子育てに追われた母は、その頃の記憶があまりないらしく、母からその頃の話をほとんど聞いてないが、どうやら父が祖父母をいみ嫌うようになって、同居が難しくなってきたらしい。
 そして、祖父母と婿養子の父との険悪な関係が三年間続き、ついに父は祖父母の家を出る決心をした。
 母はその父について、祖父母の家を出た。
 祖父母の家を去る日、身重だった母は、玄関で祖父に、「親を捨てる気か!」と、腹を蹴られたという。
 祖父母の家を出る時の両親の荷物は風呂敷包みひとつだった。
 その時、祖父母が可愛がり、また祖父母を慕っていた当時六歳だった姉は、祖父母の陰に隠れていたのだが、母が、「こっちにおいで」と、手招きしたのだが、姉は、「あたしはおじいちゃんとおばあちゃんと、この家に残る!」と、毅然たる態度で言い放ったらしいが、それは母の言い分で、当時六歳だった姉は終生、「あの時、なぜあたしを連れて行ってくれなかったの!」と、自分を置いていった親に複雑な感情を抱き続けたようだ。
 その日、外は雪が舞う寒い日だったという。
 父と母と兄は最寄り駅の天王町駅から相鉄線に乗って、見知らぬ地、大和に行ったのだった。
   (続く、第11回)