小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第55回)

第55回(5/22)
 兄は四歳上の姉の言うことはよく聞いたが、二歳下の私には言いたい放題だった。
 肺がんで七十二歳で逝った兄だが、たぶんその年まで一生分を食べて、一生分を飲んで、一生分を友人たちと群れて、一生分の言いたいことは吐いたのではないだろうか。
 外見は父に似てない兄だったが、外面が滅法良くて、内面が滅法悪かったのはおそらく父親譲りだったろう。
 兄と私は互いの結婚後は用事以外は顔をあわせることはなかったが、また会う時は常に兄嫁が兄の傍らにいたので、兄嫁の者となった兄と私は親しく口を聞くことはなかった。
 それにしても、兄嫁は私に胸の内をついに明かさないまま、ある日、突然、あの世のひととなった。。
 父の強引とも思える、我が息子との結婚の勧め、で、井森家に嫁いだ兄嫁だが、家事は苦手だったらしい。
 急死した後に判明したのだが、自宅はゴミ屋敷、三百万円の借金を残し、で、自宅風呂場で溺死した兄嫁は果たして幸せな結婚生活を送ったのだろうか。
 ある日、兄嫁は私にこう告げた。
「正樹さん、給料が安い、自分の小遣いを使いすぎる。あたし、お金がなくて困ってる」     だが、妹の私に言われても、私が兄に注意したとしても、兄はけして私の言うことを聞かないだろう。
 そこで、私はこう考える。
 結婚した男という者は、きちんと片づいた家、普通の料理が待っていれば、自然と足が我が家に向かうものだ、と。
 私がもし兄だったら、汚い家、夕ご飯の支度が整ってない、の、我が家に早く帰りたいとは思わないだろう。
 兄は金遣いが荒かったかもしれないが、一度として私に借金を乞うことはなかったし、大学卒業後は同じ企業で定年まで勤めあげ、その後は厚生年金が支給されていただろう。
 生前の兄嫁は自分の家に断じて私を入れなかったので、室内のゴミ屋敷振りは、兄嫁の死後、初めて目にしたのだった。
 そんな兄嫁はもしかしたら病気だったのかもしれない。が、急死した今となっては、そのことは誰も知るよしもない。
(続く、第56回)