小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第44回)

第44回(4/19)
 関節リューマチになった母は徐々に家事が難しくなってきた。八十八歳まで生きたが、八十歳までは何とか家事をこなしていた。
 顧みれば、母の具合がより一層悪化したのは、二歳上の父が八十二歳で姉の会社を退職して、それまで週に三日、保土ヶ谷から横須賀線で横浜、横浜から相鉄線で海老名、海老名からバスで、姉の会社の倉庫まで通っていた父が、連日、在宅になったからかもしれない。
 頑固一徹で、細かく、口うるさい父が一日中家にいたら、家族はうっとうしくてたまらないだろう。
 それまではまがりなりにも家事をしていた母だったが、父の在宅がストレスとなったらしく、身体が急激に衰え始めた。
 老夫婦は老妻がだめになったら、家事が不能な老夫は慌てふためき、つい老妻を怒鳴りつけてしまう。
 義父母の場合は口八丁手八丁だった義母が六十九歳で認知症を発症し、それまでしっかり者の義母に寄りかかっていた義父は、「なぜ、こんな簡単なことができないんだ! なぜ、メシがまだなんだ!」と、義母を責めた。
 母の関節リューマチも義母の認知症も自分が成りたくて、成ったわけではない。
 健康寿命はひとによって差があるが、普通の人間は年をとれば何らかの病気にかかって、この世から去っていく。
 人生の最後は老醜をさらし、思い通りに動かない我が身体に唖然とする。だが、内面は若い頃と同じなので、そのギャップに頭がついていかれない。
 外観と内面の食い違いは、たぶん神が人間が老いた時、我が姿を我が目で直視するのはあまりにも酷なので、目の位置を我が姿が見られない位置にしたにちがいない。
   (続く、第45回)