小説、その2「井森家の記憶」

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井森家の記憶(第45回)

aruka

第45回(4/23)
 リューマチに加えて加齢のため膝が悪くなった母は、八十歳を過ぎて左右の膝に人工関節置換術を受けた。
 手術は片足ずつだったので、確か一回の入院が三週間程度だったと思う。
 母がその手術をしたのは、今から二十年も前のことなので、現在の膝関節置換術の入院期間はもっと短いだろう。母が入院している間、父は自宅でひとり暮らしだった。
 私は独居老人をしている父が心配で、父の様子窺いに行ったのだが、父はその私に、「こっちは大丈夫だ、あいつの方に行ってやってくれ」と、気丈な言葉を吐いたので、私は、「そぉー」と、その足で母がいる病院に寄ってから自宅に戻った。
 母の片方の膝、一回目の手術と入院は無事に済んで自宅に戻ったのだが、それからほどなくしてもう一方の膝の手術のために母は入院した。
 父が脳梗塞で半身不随になったのは、母が二回目の入院から自宅に戻ったその朝だった。
 母の退院では実家近くに住んでいる兄が、朝早くに車で迎えに行ったのだが、その朝、自宅でひとりでいた父は既に脳梗塞を起こしていたのだった。
 父の異変に気づいたのは、正午頃、病院から自宅に戻った母だった。
 その時の父は脳梗塞を起こしてから七時間は経過していた。
 その少し前から呂律の回りが少し変だった父と、両の足が人工関節になった母、私はふた親の今後の暮らしに大いなる不安を抱いていた。
 脳梗塞になる前の父は難聴気味になっており、電話での会話が難しくなっていた。
 父が脳梗塞を起こす三日前のこと、確か午後三時頃、父は私に電話を寄こした。回らぬ舌で、「これから、寝る」と、言った。
「これから、って? まだ午後三時よ! 寝るには早すぎるわよ。夜はプロ野球中継を観るんでしょうが!」
「いいや、観ない」
 父の一番の趣味はテレビでプロ野球中継を観ることだった。
 振り返ればそれが父のSOSだったのだが、その時の私はそれが、「助けてくれ」の、メッセージだとは気づかなかった。
     (続く、第46回)